pirika logo

ホームページ Pirikaで化学 ブログ 業務リスト お問い合わせ
Pirikaで化学トップ 情報化学+教育 HSP 化学全般
化学全般トップ 物性化学 高分子 化学工学 その他

高分子化学トップページ > ラジカル重合の化学 > ラジカル重合の成長反応

2013.5.21

ラジカル重合の成長反応

YMBについてはMOOCの資料を参照のこと

ラジカル開始剤に熱をかけると、ラジカルが発生する。

そのラジカルはモノマーの2重結合に付加する。

モノマーの頭と尾

ここで扱っているのは、ラジカル重合なので、モノマーには2重結合がある。ラジカルはどうやってモノマー中の2重結合の場所を見つけているのだろうか? ラジカル重合の教科書では、多くのモノマーはラジカルはモノマーの尾に反応し、ラジカルがモノマーの頭に移り、重合が繰り返され、Head to Tail 構造は97-8%くらい保たれるとある。しかし、それはスチレンの場合の話であって、しかも、過酸化物の種類、量に依存する話だ。それをラジカル重合は「Head to Tail 」で重合が進むと覚えてしまってはいけない。酢酸ビニルなどの場合には、条件にもよるが10%以上頭に付加する。

このように、逆に付加することもあるが、何故、基本的にはラジカルは尾に反応するのだろうか?

ChromeなどHTML5準拠のブラウザーを使っているなら、上にプロピレンのCNDO/2の計算機結果が表示されるだろう。マウスを使ってドラッグして見やすい位置に回転して見よう。

プロピレンのHOMOを見ると、2重結合の炭素上にP軌道が表示されるのが判るだろう。このP軌道は位相が合っている(色の向きが同じ)なので、結合性の軌道(π結合)を作る。この軌道の係数(青や赤の球の半径で示している)が尾の方が大きくなっている。大抵の置換基の場合、置換基のついた側(頭)の軌道係数が小さくなり、しかも立体障害的に反応を阻害するのでラジカルは尾の側に反応する。

それでは、次の化合物では、どちらが頭で、どちらが尾だろうか? Y-Molを使って分子を組み立て、キーワードに"VECTORS"を指定して計算してみよう。

C1 C2
S Px Py Pz S Px Py Pz
CF2=CCl2
CFBr=CCl2
CH3CH=CHF

ARCファイルかOUTファイルの中に、HOMOとLUMOの軌道エネルギーがエレクトロン・ボルト(eV)で記載されているはずだ。そして、電子は下の軌道から順番に詰まって行き、"NO. OF FILLED LEVELS = 18" 、つまり、下から18番目までは電子が詰まっている事が解る。この軌道エネルギーをプロットしたものが、Y-CNDO/2で図の左側にプロットされているバーコードのようなものだ。

そこで、次は、OUTファイルの中から、18番目のHOMOを探す。

すると、大きな軌道係数は、C1のPz(-0.5199)、FのPz(0.1950)、C2のPz(-0.4174)、ClのPz(0.4895) と、C1とC2でC1の方が係数が大きい。従って塩素がついた側が頭になる。これはフッ素より塩素の方がサイズが大きいので解りやすい。他のモノマーの結果もMOPACで計算して上のテーブルに書き加えよう。

次に、プロピレンをMOPACを使って計算を行い、結果のARCファイルをY-Molで読み込んでみよう。

プロピレンの場合、尾の炭素の電荷は-0.172、頭の炭素の電荷は-0.134で、両方とも負電荷である。tBuOラジカルがアタックする場合、ラジカルは酸素上にあるのでそれも負電荷を帯びている。従って負電荷同士の静電反発があるので、 反応的には不利だ。そこで、その静電反発に打ち勝つくらいの高圧が必要なのだろう。

このように、重合の第一歩目は、軌道係数の大きさ(エネルギー準位)、立体障害、電荷によって、高い確率で尾に反応する。

Pirikaでは暫定的に軌道係数の大きい方を尾(Tail)と呼ぶ事にする。(ただし、教科書によっては尾と頭の定義が逆のこともあるので注意しよう。自分も尻尾が生えてるみたいなので置換基がある側が尾だと思っていたことがある。)

成長反応速度

開始剤がモノマーの尾に反応すると、ラジカルはモノマーの頭(置換基の付いている方)へ移る。次には、そのラジカルがモノマーの尾に反応する。

ChromeなどのHTML5対応のブラウザーを使っているのなら、酢酸ビニルの反応の遷移状態の振動がアニメーションで見ることが出来るだろう。これはMOPAC7で計算した結果を見ている。

モノマー側もラジカル側ももとはSP2炭素(平面型)であるが、遷移状態における振動を表示してみると、どちらもSP3(ピラミッド型)へ構造を変えていくことがわかる。

上記の遷移状態の構造をコピーして、メモ帳などから、”VacVac.mop"という名称で保存しMOPACで計算してみよう。計算がうまくいって、VacVac.arcというファイルができたら、そのTS構造を使って、キーワードに”PM3PRECISE XYZ UHF FORCE" とFORCE計算を指定して、VacVac-f.mopという名称で保存しさらにMOPACで計算してみよう。VacVac-f.outの中の振動解析の部分に負の振動が1つだけ現れて、その方向がラジカル付加体が出来る方向であったら遷移状態の計算は成功である。(振動方向の確認にはFrequency Viewerを使う)

VacVac遷移状態の生成熱:XXX kcal/mol (XXXを埋めよう)

次にY-Molを使って分子を組み立て、Vacラジカル、Vacモノマーの生成熱を計算しよう。 また、VacVacラジカルの生成熱を求めよう。 Vacラジカル:XXX kcal/mol (キーワードは、PM3 PRECISE XYZ UHF) Vacモノマー: XXX kcal/mol (キーワードは、PM3 PRECISE XYZ) VacVacラジカル: XXX kcal/mol (キーワードは、PM3 PRECISE XYZ UHF)

ラジカルを計算するときにはUHFを指定するのを忘れないように。

MOPACでの計算は振動エネルギーの計算の精度が出ないのでエントロピー項が正しく計算できていないが、生成熱の差分だけで、おおよその活性化エネルギーと発熱量が計算できる。上で求めた値から活性化エネルギーと発熱量を計算してみよう。

一つでも反応の遷移状態がきちんと求まれば、反応に関与する原子(特にラジカル炭素と尾の炭素)の関係を崩さずに、他の原子団、原子に置き換えれば、容易に遷移状態は求まり、モノマーごとの活性化エネルギーを見積もることが出来る。例えば、バグダサリヤン教授の「ラジカル重合の理論」(朝倉書店、井本稔ら訳、昭和41年)には、次のようなモノマーの反応速度定数が記載されている。

Monomer Kp@60 Ea ΔH
Vinyl acetate 2040
Vinyl chloride 12900
Acrylate, Methyl  1260
Acrylonitrile   1960
Methacrylate, methyl  575
Methacrylonitrile  190
Styrene  178
Butadiene   105
Isoprene   50

他のモノマーについて遷移状態を求めテーブルを埋めて反応速度定数とEaの相関をグラフ化してみよう。

すると、上の図のように遷移状態の山の高さはどれも余り変わらないことが判る。すると反応速度定数は残念ながら遷移状態の山の高さには依存していないという結論に達してしまう。(これはMOPACの計算精度が低いからと思うかもしれない。しかし光重合や放射線重合などを使って超低温でラジカルを発生させても重合は進行するので、実際の活性化エネルギーは3-8kcal/mol程度とされている。山の高さは反応速度定数とは関係していないというのは一般的に合意されていると思う。)それではモノマーの反応速度定数はどう決まっているのだろうか? 

共役性モノマー、非共役性モノマー

鶴田禎二、新訂高分子合成反応(日刊工業新聞社、第15版、1977)には、スチレンと酢酸ビニルの反応性の違いについて次のように記載されている。 スチレンモノマーはどのようなラジカルからも攻撃されやすい。これは生じたスチレンラジカルの共鳴安定性が大きいからである。酢酸ビニルは生成ラジカルが不安定なのでラジカル攻撃を受けにくい。酢酸ビニルモノマーはスチレンモノマーの1/50 - 1/100 程度の反応性しかない。ところが単独重合では上のKpの表から明らかなように酢酸ビニルのほうが10倍以上重合が早い。このように共役性モノマーはラジカルの反応性は低いが、モノマーの反応性は高い。逆に非共役性モノマーはラジカルの反応性は高いが、モノマーの反応性は低い。

また、井本稔は「ラジカル重合論」東京化学同人 (1987/07)の中で、ラジカルのSOMO、モノマーのHOMOと軌道混合がおこる。次にその時できた反結合性軌道がモノマーのLUMOと軌道混合をおこし重合が進むと説明している。

この考え方で、モノマーのkp値の違いが説明できるかどうか、先ほどのMOPACの計算結果から検証してみよう。

Monomer Kp@60 Ra αSOMO Ra αLUMO Mon HOMO Mon LUMO Pro αSOMO Pro αLUMO Pro αHOMO
Vinyl acetate 2040
Vinyl chloride 12900
Acrylate, Methyl  1260
Acrylonitrile   1960
Methacrylate, methyl  575
Methacrylonitrile  190
Styrene  178
Butadiene   105
Isoprene   50

計算結果からテーブルを埋めてみよう。

横軸はlogKpだ。各モノマーのラジカルのSOMOを見ると、酢酸ビニルや塩化ビニルのエネルギーは高いことが一番左の図から判る。そのエネルギーレベルは生成する2量体のSOMO(真中の上)とほとんど同じパターンとなる。モノマーのHOMO(右下)と2量体のSOMOの一つ下の軌道のエネルギー準位(真中下)はやはりほとんど同じパターンとなる。非共役モノマーはラジカルの反応性が高い=エネルギー順位が高いのだとすると、例外が2つ(どのモノマーかは自分で確認しよう)エネルギー順位が高いにもかかわらず、Kpは小さい。共役モノマーはモノマーの反応性が高い。しかしモノマーのHOMOはどれも同じくらいのエネルギー準位なので、違いはモノマーのLUMOに現れているようだ。モノマーのLUMOが低いほど反応性が高い。そこでKpはラジカルのSOMO、モノマーのLUMOの大小関係で決まるとして、重回帰式を使って推算式を構築してみる。 Kp=-0.6104ラジカルのSOMO+1.4045モノマーのLUMO-3.0143 ラジカルのSOMOの値は負なので係数-0.6104をかけると正の値になる。つまりSOMOのエネルギー準位が低いほどKpが大きくなってしまうので正しい推算式とは言えない。

Isopreneを計算に含めずに、上で求めた重回帰式から予測してみると赤で示すように1以上誤差が出る(logなので10倍以上違う!)。そこでどれがどう効いているのかわからなくなってしまったので、ラジカルのSOMO、LUMO、モノマーのHOMO、LUMO、2量体のSOMO、HOMOの6つを使って重回帰式を作ってしまう。

すると、先程よりももう少し精度が高く、Isopreneの予測値もましな重回帰式(MR式)が得られる。ラジカル重合の反応速度定数KpはラジカルのSOMO、LUMO、モノマーのHOMO、LUMO、2量体のSOMO、HOMOで決まっていることがわかった!!

そこで検証用にもう一つテトラフルオロエチレン(TFE)を計算してみる。TFEのKp値は60℃のものは見つからなかったが、40℃で7400(logKp=3.869)であるとPolymer Handbookに記載がある。2番めに求めた重回帰式でTFEを計算してみると、-2.144ととんでもない計算結果になってしまった。MOPACレベルの計算ではだめなのか、根源的に問題があるのか。

そこで、先生たちの理論はこの際置いておいて、情報化学的にどういった項を考えればKpの違いを理解できるか、QSPR(定量的構造物性相関)を利用してみる。用いるデータは、MOPACで計算した項目を加工して作る。例えばラジカルのSOMO、LUMO、モノマーのHOMO、LUMO、2量体のSOMO、HOMOの加え、RaL-RaS、MoL-MoH、RaL-MoL・・・・、ΔHなど。そしてVSMRを使って(使い方はこちらを参照)3変数を相関係数が一番高くなるように選び出した所、次の3変数が選択された。

ΔH:発熱量 2量体生成物のSOMO(Pro αSOMO) XXXXXXXX(自分で何かを確認しよう)

Kp=0.1411ΔH - 1.13972量体生成物のSOMO - 1.4016*XXXXXXXX - 9.2856

その式を使って、イソプレンとTFEを推算すると以下の図にあるように正しく認識できていることが判る。

TFEの実験値のKpは40℃のものなので、60℃ではもっと大きくなるはずなので推算結果は悪く無いだろう。この結果が何を意味しているかはよく考えておこう。ラジカルがモノマーに反応すると2重結合が無くなって分子が安定化する。その安定化の割合が発熱量として観測される。TFEで発熱量が最も高く、これがパーフルオロポリマーであるPTFEの化学的、熱的安定性につながっている。安定なものができやすいほどKpは高くなる。次々と重合が進むためには、2量体ラジカルの反応性が高い方が良いと考えていたのだが、2量体生成物のSOMOは負の値を持ち、係数は - 1.1397なので、この式からは2量体生成物のSOMOは負の値が大きいものほど(安定なものほど)Kpが高くなると予測している。この結果は一見して矛盾しているように思えるかもしれないが、ラジカル重合の停止反応とも密接に関係する(後述)。ラジカルはもともと十分に反応性が高く、遷移状態の山の高さとは関係なくモノマーに付加する力を持っているので、ラジカルが安定化して寿命が長くなる方がよほどKp値を大きくするのだろう。

Monomer Ra αSOMO Pro αSOMO d
Vinyl acetate -8.792 -8.787 -0.005
Vinyl chloride -8.927 -9.163 0.236
Acrylate, Methyl  -10.017 -10.161 0.144
Acrylonitrile   -9.854 -10.187 0.333
Methacrylate, methyl  -9.577 -9.778 0.201
Methacrylonitrile  -9.488 -9.875 0.387
Styrene  -8.565 -8.597 0.032
Butadiene   -8.848 -8.849 0.001
Isoprene   -8.836 -8.894 0.058
TFE(40) -10.883 -11.482 0.599

ラジカルがモノマーに付加して2量体ラジカルになる時のラジカルのSOMOを比べてみよう。TFEやニトリル系のモノマーでは生成物(Product) SOMOが安定化しているのが判る。

XXXXXXXXは何になっただろうか? 井本先生は「ラジカルのSOMO、モノマーのHOMOと軌道混合がおこる。次にその時できた反結合性軌道がモノマーのLUMOと軌道混合をおこす」と説明しているが、このXXXXXXXXからは、必ずしも「モノマーのLUMO」では無いことを示唆している。

以上、著名な先生方の理論にケチをつける結果になったが、ここで(化学工学上)やりたいのは単純にモノマーの構造からKpを知りたいだけだ。MOPACでモノマーの3つの形を計算するだけで、Kp値がそれなりの精度で推算できるという事実は事実として受け入れて欲しい。こうした計算にかかる所要時間は一番長いものでも7秒以下であった(Core i5 Mac MOPAC2012)。構造を作る所から始めても30分仕事(遷移状態を探さなければ20分仕事)だ。使わない手はない。

重合停止反応

ポリマー成長ラジカルは2分子の再結合、不均化によってラジカルが2個消失する。

ポリマーは重合が進むと粘度が高くなり、ほとんど移動できなくなる。移動するのは低分子のモノマーなので、不均化によって生成したポリマー末端の2重結合は多くの場合最後までポリマー中に残る。スチレンの場合は重合停止反応は100%再結合、アクリロニトリルの場合90%程度再結合、MMAでは反応温度に依存するが、60℃では40%ぐらいが再結合で停止する。反応温度が高い(80℃)場合には70%ぐらい不均化を起こすとされている。この再結合の活性化エネルギーはほとんど0であるとされているので、出会えば停止する。重合開始剤が重合の後期にも大量に残っている場合にはポリマーラジカルと開始剤の再結合が問題になる。MMAで不均化停止が多いのは、不均化するために引き抜かれる水素が5個ある事、再結合するためには、C・(CH3)(COOCH3)と非常に混み合った炭素同士が反応するため立体障害が問題になるためとされている。 現実問題としては再結合と不均化の割合を実験から正確に求めるのは(スチレンのように100%で無い限り)非常に難しい。開始剤の分解反応速度定数と開始剤効率が重号系で正確に解っている(温度効果、溶媒効果、モノマーの極性効果)場合で、かつ、ポリマー末端に開始剤がついている割合がNMRなどから正確に定量できていて、ポリマーの分子量がきちんと解っている必要がある。そこで多くの場合2つを分離して扱う事はせずに、重合停止反応速度定数Ktの形で一つにして扱う。

Monomer Kt E-7 logKt Pro αSOMO
Vinyl acetate 2.65 0.423245874
Vinyl chloride 230 2.361727836
Acrylate, Methyl  0.35 -0.455931956
Acrylonitrile   25 1.397940009
Methacrylate, methyl  2.2 0.342422681
Methacrylonitrile  16 1.204119983
Styrene  7.25 0.860338007
Butadiene  
Isoprene   57 1.755874856
TFE(40) 7.40E-06 -5.13076828

特徴的なのは、TFEでは停止反応速度定数がほとんど0になる事だ。

すると、先ほどのMOPACの計算結果のうち、2量体生成物のSOMOがTFEで非常に低かった事から、共役、非共役モノマーの時と同じくおおざっぱには、重合が進むにつれできるポリマーラジカルが安定な程、停止反応はしにくいと言う結果になる。

化学工学上、この停止反応速度定数が問題になるのは、例えば再結合が起きると分子量が倍になる点だ。これによってポリマーの粘度は急激に上昇する。系の粘度が上昇すると撹拌翼の選定、反応熱を除熱する際の総括熱伝導係数など様々なファクターが変わるので注意が必要だ。再結合と不均化ではできるポリマーの分子量が倍異なるため、GPCを使って解析を行うと2山観測される事がある。また、粘度が高くなると”かご効果”=”ゲル効果”によってラジカル停止反応速度Ktはさらに小さくなり、重合速度が早くなる事が知られている。ポリマーの重合度は高ければ高い程良いという訳ではない。粘度が高くなりすぎて押し出し機から押し出せなくなったり、リアクターから取り出せなくなったりする。2山タイプのポリマーは一般的に耐熱性、耐候性などに劣る。そこで現実のポリマー製造プロセスでは連鎖移動剤を使う事によって分子量のコントロールを行う。これは、連鎖移動剤の水素をポリマー末端ラジカルが引き抜く事によって始まるので、ここでいう”不均化による停止反応”と同じだ。そこで、この不均化については連鎖移動反応で扱う。

成長(停止)反応速度の溶媒依存性

開始剤の溶媒効果については先に説明した。パーオキサイド系では、おおよそ誘電率に従っていた。それでは成長反応速度や、停止反応速度ではどうだろうか? ”酢酸ビニル 溶媒効果”とGoogleで検索すれば、容易に関連する論文が見つかる。 山本 統平ら(日本化学会誌、1979、No.3 P408-)を例にして解析を行ってみよう。論文中で「スチレンやMMAのような共役系のモノマーの場合は、溶媒の違いによるKpの差は小さかった」と記載している。これは、ラジカル重合はイオン重合とは異なり、電気的に中性の活性種が、電気的に中性のモノマーへ反応するので、溶媒の影響を受けにくいとされている。しかし非共役系のモノマー、酢酸ビニルでは、2桁Kpが変化する事が示されている。

Solvent Dielectric Const. log kp
Benzene 2.46
Toluene 2.40
EthylBenzene 1.90
Chlorobenzene 2.04
o-Dichlorobennzene 2.23
Cyclohexane 3.37
1,2-Dichloroethane 3.44
1,1,2,2-Tetrachloroethane 3.05

まず、ハンドブックなどから誘電率のデータを集め上のテーブルを埋めよう。そしてグラフを書いてみる。

このように、開始剤の分解とは異なり、溶媒の誘電率とKpには全く相関が見られない。

次に、MOPACで誘電率を加味したCOSMO法で計算を行ってみよう。(COSMO法はMOPAC7から導入されたが、バグがあるため削られているバージョンもある。MOPAC2012を使えるのなら以下の計算を試みて欲しい。)先ほどの酢酸ビニルの遷移状態の初期値をメモ帳などで開き、キーワードにEPS=2などのように誘電率の値を入力して遷移状態を計算する。COSMO法は簡単に言ってしまえば、空間の誘電率をEPSで指定した値に設定して、電荷相互作用をその誘電率の値で補正してくれる。遷移状態、ラジカル、モノマーをEPSを変化させながら計算を行って整理すると次のような図が得られる。

活性化エネルギー(Ea)は誘電率=20付近で一番高くなる。従って、この系ではCOSMO法は全く無力である事が解る。何故このような結果になったのだろうか? 「ラジカル重合はイオン重合とは異なり、電気的に中性の活性種が、電気的に中性のモノマーへ反応するので、溶媒の影響を受けにくいとされている」とあるように、溶媒が与える影響のうち、誘電率については否定されたがそれ以外の影響がある事をこの結果は示している。(1981年に福井謙一先生がノーベル賞をとられ、80年代に発行された書籍は、かなりその影響を受けている。溶媒効果としては、誘電率、表面張力、溶媒和、粘度など様々な効果があるのだろうが、この時代のものは、すべからく、分子軌道計算と組み合わせ理解しようとしている。やっと最近になってその修正がかかってきたように思える。)それでは、この反応は何が効いていたのかといえば、非常に単純にハンセンの溶解度パラメータだ。モノマーやラジカルを良く溶解する溶媒はKpが大きい。良く溶けるというのは溶けたモノマーが溶媒和によってより安定化されているという事だ。すると、このページで「どんなモノマーのKpが大きいか」=「2量体を作った時に安定化の大きいもの」がKpが大きい、という結論とも符合する。QSPRのモデル式をハンセンの溶解度パラメータと分子体積(これは溶媒和する時の配位数に相当するのだろう)から作ってしまえば、以下の図に示すように、溶媒効果をハンセンの溶解度パラメータから見積もる事ができる。

また、停止反応速度定数Ktもハンセンの溶解度パラメータから見積もる事ができる。

ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)は、蒸発潜熱を元にしたSP値を分散項、分極項、水素結合項(現在はドナー性、アクセプター性に分割)の3(4)次元ベクトルとして捉え、ベクトルの似たものはベクトルの似たものを溶かすという原理だ。ラジカルのHSPが扱える訳ではないが、溶媒のハメット数を計算したり、溶媒和能をMOから計算するよりは、どのような溶媒がKpやKtを上げ下げするか理解の助けになる。

このように、すべての計算をMOPACで行う必要は無い。YMBを使って様々な物性値を計算し、VSMRを使って変数選択すればこのようなQSPR式を自分で作る事ができる。またMOPACの計算結果とYMBの計算結果両方からVSMRを計算するのも面白いだろう。例えば、井本先生の本では、停止反応速度定数の溶媒依存性に関しては、溶媒の粘度が支配的(つまり拡散律速)であると記述している。

Solvent log Kt 1/Vis (cp)
Benzene 0.361727836
Toluene 0.477121255
EthylBenzene 0.414973348
Chlorobenzene 0.322219295
o-Dichlorobennzene 0.531478917
Cyclohexane 0.491361694
1,2-Dichloroethane 0.278753601
1,1,2,2-Tetrachloroethane 0.505149978

YMBを使って各溶媒の粘度を計算し、テーブルを埋めてグラフを書いてみよう。

結果を見ると、酢酸ビニルの場合には拡散律速と考えるよりは、HSPを使った溶解度の差から考えた方がわかりが良い。もともとポリマー溶液の粘度も、溶解性の高い(ポリマー鎖が広く広がる)溶媒を使った場合に同じ分子量でも粘度が高くなる事が知られており、この現象もハンセンの溶解度パラメータと関連づけられている。従って純溶媒の粘度とKtを関連づけるくらいならHSPを利用した方がおもしろい結果が得られるのは自明だろう。

ラジカルの寿命

ラジカルの寿命τ:ラジカルの平均寿命τsは発生したラジカルが消滅するまでの平均時間。回転セクター法:切れ込みのある円盤を回転させ、光が当たった時にだけラジカルが発生する。回転速度が上がり、照射時間がラジカルの寿命に近づくとラジカルの増加、減少が脈動を描くという原理を使って実測する。30℃、無溶媒重合の時には、MMAで0.906 sec、スチレンで1.33secぐらいになる。つまり、開始剤からラジカルが発生し、約1秒後にはモノマーが1000個重合し、分子量10万のポリマーができ、重合は停止する。つまり、0.001秒に一つのモノマーが付加する。

酢酸ビニルを液密度に相当する個数だけ3D空間にばらまく(Y-Solvation13bを使い3D構造を作成)と上のようになる。一つのモノマーの頭から近隣のモノマーの尾までの距離を測ってみよう。多くの場合、最短距離は4.6Å程度であろう。反応すると炭素-炭素間の標準結合長が1.54Åになるとすると、一つ反応するたびにモノマーは3Å(0.001秒で)移動しなければならない。バルク重合(乳化重合)の場合この程度の移動が必要になるが、溶液重合の場合、さらに2-3倍の距離を溶媒をかき分け移動しないと次のモノマーとは出会えない。特にラジカル共重合を扱いたい場合には寿命と移動距離は重要になる。

天井温度

天井温度と言うのは、ラジカルがモノマーの2重結合に付加する速度と、ポリマーが末端から分解してモノマーとラジカルができる速度が釣り合った温度を言う。見かけ上、反応が止まる温度だ。塊状重合の場合、スチレンで310℃、MMAで220℃と言われている。ギブスの自由エネルギーは次式で表す事ができる。

ΔG=ΔH-ΔTS そこで正反応、逆反応が釣り合うにはΔG=0、天井温度: Tceil = ΔH/ΔSとなる。

重合はモノマーがどんどん繋がってエントロピー(自由度)は減少する方向なので、それに見合うだけの重合熱が無いと反応は進行しない。成長反応速度定数(Kp)の推算の所で、できた2量体の安定化度=発熱量がKpに一番大きな影響を与えている、溶媒効果は良く溶解して安定化する程Kpが高くなる事もこのギブスの自由エネルギーに関連するのだろう。

αメチルスチレンでは天井温度61℃で、一般的な重合方法では0℃以上ではポリマーが得られない。

重合熱

2012年の授業は、アクリル酸の貯蔵タンクの爆発事故の解析からスタートした。

アクリル酸の5量体と4量体の差からアクリル酸が1mol反応した時の重合熱を見積もった。YMBで計算すると21.31Kcal/molの発熱が生じることになる。文献値は18.5kcal/molなので悪くない。

Monomer kCal/mol ポリマー 塩素系ポリマー
Vinyl acetate 21.3  
Vinyl chloride 16.5  
Acrylate, Methyl  18.7
Acrylonitrile   17.3  
Methacrylate, methyl  13  
Methacrylonitrile 
Styrene  16.1  
Butadiene  
ビニリデンクロライド 14.4  
Isoprene  
TFE(40) 39.0  
アクリル酸 18.5  

YMBを使って4量体と5量体の生成熱の差を求め、テーブルを埋めてみよう。

塩素を含むポリマーでは、YMBの計算値は高めにでてしまう。発生した重合熱の一部がポリマー中に融解熱などの形で蓄えられているのだろうか。

MOPACに搭載の1次元ポリマーの計算機能:Tv MOPAC(ver.5)から,(1種の周期境界条件)1次元繰り返し構造をダミー原子Tvで指定。

  アクリル酸 VDC アクリロニトリル MMA TFE
計算値 (KJ/mol) 82.5 72.63 81.12 34.14 97.23
文献値 (KJ/mol) 74.5 73 76.5 56.5 163

一応の計算はできるが、計算機の能力の低かった時の遺物?? 手法の改良等は見られない。

成長(停止)の反応速度論

モノマーラジカルM1・の生成する開始反応速度Vi
vi=d[M1・]/dt = 2fkd[I]

停止反応速度定数vt:
Vt=-d[P・]/dt = 2(ktc+ktd)[P・]2 
ktc: 再結合(Combination)停止反応速度定数
ktd: 不均化(disproportionation)停止反応速度定数

定常状態近似:ラジカルは開始剤濃度の1次反応で生成し、自分自身の濃度の2次反応で消失する。そこで短時間で生成速度と消失速度が同じになり定常状態近似が成り立つ。その時には次式が成立する。

2(ktc+ktd)[P・]2 = 2fkd[I]
[P・]= [fkd[I]/(ktc + ktd]0.5

メタクリル酸エステル、酢酸ビニルで 定常濃度 10-8〜10-7 mol/cc、マクロマーでは2桁ぐらい大きい。

重合速度Rpはモノマーの減少速度として定義される。Viはvpに比べ十分に小さいので無視できる。

Rp = - d[M]/dt = vi +vp
Vp=kp[P・][M]
Rp = kp [fkd/(ktc + ktd) ]0.5 *[I]0.5 *[M]
そこで、重合速度は開始剤濃度の1/2乗に、モノマー濃度の1乗に比例する。高分子ラジカル同士の反応が拡散律速となる場合、Rpの[M]依存性は1以上に、[I]の依存性は1/2より小さくなる。(ゲル化効果)

拡散律速になる場合は次式を使う。
Rp=kp*[2fkd/(ktc+ktd)] 0.5 *[I]0.5 *[M]*η0.5

乳化重合系では開始剤の濃度の影響は受けない。 Rp = kp(N/2)[M] N:ミセル粒子の数、[M]:ミセル内のモノマー濃度

代表的なモノマーのKp値としては、St 174(60℃), 塩ビ 6200(25℃)酢ビ 1012(25℃)、637(30℃)エチレン 5400(130℃)

数平均重合度:平均重合度(DP)は成長反応が起こる間に停止反応、連鎖移動反応がどんな割合でおこるかによって決まる。停止反応が再結合だけで起き、連鎖移動剤が無い場合を考える。

数平均重合度Pnは単位時間に重合したモノマーの分子数/単位時間に生成したポリマーの分子数=vp/vtで表すことができる。

Pn = vp/vt = kp[M][P・]/ktc[P・] [P・]
  = [kp/(ktc*fkd)0.5 ]*[M]/[I]0.5

従って数平均重合度はモノマー濃度に1次に比例し、開始剤濃度の1/2次に逆比例する

ラジカル重合

開始反応

成長反応

連鎖移動反応


Copyright pirika.com since 1999-
Mail: yamahiroXpirika.com (Xを@に置き換えてください) メールの件名は[pirika]で始めてください。