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02-Jan-2013

情  報

 子供のころゲタを蹴上げて、落ちてきた下駄の表・裏で明日の天気を占って遊んだ。あまり科学的ではないけれど、時折西の空に夕焼けをみ,寒天にまたたく星をみて ”ああ明日もいい天気だなーーー”とつぶやいたりする。
 青空に現れた一点の雲をみ,雨空に小さな晴れ間をみつけて ”雨が降り出すのではーーー””ああ これで晴れるかも”と一喜一憂するのは、当たるにせよ、当たらぬにせよ、それぞれにヒトの密かな ”ねがい”がこめられていて情緒があった。

 そこへいくと、近頃のあのTVの天気予報というのは、何とも非常というのか、ヒトのXの入る余地が全くなくて味気ないものである。あのヒマワリとかいう宇宙衛星から送ってくる雲の動きを◎やら▲やらを線で結んだ地図の上に、三時間おきの雲の動きの連続写真をみせられると、これはもう情緒も何もあったものではない。
 日本なんてまるでひとハケ位の雲で、もう ”明日は雨でしょう”ではどうにも救いようがないのである。何しろ自分の住んでいる地球を宇宙から見られているのだから、もしや、ひょっとして、あるいは・・・?といった夢も希望も無残に打ち砕かれてしまう。
 鎌倉の七里ガ浜には、昔日蓮上人が、ここで雨乞いの祈祷をしたら、”一天俄かにかきくもり・・・”てんで、そこに「日蓮上人雨乞いの碑」という石像が立っていたりするのに、全く近頃は夢のない話である。

 (余談ながら)・・・。それにしてもあの天気予報の解説者は、どうしてあんなに好い顔をしているの、だろう。何億光年とかいったバクとした宇宙を仕事の相手にしていると、あのように人をだました事もだまされたこともないような、シンソコ明日のお天気だけと真面目に付き合えるような素直な顔になるのだろうか。

 (ついでながら)・・・。日曜日の朝NHKの教育TV,「趣味の園芸」の、赤玉土 3、フヨード 2に桐生砂を等量混ぜて、最初の三日間は日照を半分にーーーというセンセイ方も、どのお方も本当に素直な顔をしていらして感心するけれど、大宇宙と目の前の小さな盆栽、こんなに次元の異なる世界を相手に生きながら、どうしてあのように似た雰囲気の顔になるのか?。やはり職業というものは人間の顔まで変えるのか、或いはあのような顔の人があのような職業を選ぶのか・・・。
 (やや、余談が冗長すぎたかな?)。

 (さて、本題)・・・。ところが、この天気予報が当たらないで困るという評判である。しかし予報と結果をとの実績を比べてみると、実際には80~85%の精度で当たっているのだそうだ。プロ野球だって、打率が30%越せば大打者と言われるのだからカエルのションベン(田へしたもの)、屋根やのフンドシ(見上げたもんだ)じゃないか。
 当局の言い訳によると、当たらないという評判は,何かの都合で ”晴れて欲しい” ”降って欲しい”・・・といった願望に、たまたま添わない結果で当たらなかった場合のウラミがこもって大きく喧伝されるからだという。

 すると、天気予報は当たらないもの・・・という先入観を持っている人は、15~20%の偏見を持った人の情報に左右され正しくない事実を信じていることになる。
 世の中に流布される噂や評判、情報というものは,特にある色合いをもって特定の考え方を広めようとするーーー。「・・・ト住民ハ、怒リニ肩ヲフルワセテイマシタ」・・・といった正義の味方・月光仮面のオジサン的な報道については、そこらあたりのことを特に斟酌して読まないと、こちらの考え方まで偏ってしまうことになる。

  情報過多、あふれる情報の中で消化不良をおこさないように「人がする評価というものは、時に事実よりも、評価する人の心の中にこそ問題があるのであって、必ずしも事実どおりではない」ということを意識してかからねばならない。

(81・S・56・7)