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情報化学+教育トップ > MOOC講座 > E-INKなどケイ素化合物

2012.8.27 (2014.7.28 改訂)

E-Ink

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電気泳動方式の構造模式図 (WikiPediaより) 1.表面層 2.透明電極(ITO) 3.マイクロカプセル 4.正に帯電した白色顔料 5.負に帯電した黒色顔料 6.透明分散媒(オイル) 7.下部電極 8.支持層 9.外光 10.白色 11.黒色

E-Inkというのはマイクロカプセルの中に、ーにチャージした白色顔料と、+にチャージした黒色顔料、そしてシリコーンオイルを封入したものを電極に挟んだものです。
電極を+やーにするとそれに引きつけられた顔料によって、上から見ると黒く見えたり、白く見えたりします。
電場をかけることによって、顔料が分散媒の中を泳いでいくので、電気泳動法の表示素子と呼ばれます。

一度泳動させてしまえば、その後は電場は要らないので低消費電力、コントラストが高いので視認性が高いのが良い所です。しかし、泳動に時間がかかるので、高速描画には向かないのが悪い所です。
Sony、Amazon、楽天などが電子ブックのリーダーとして商品化しています。

この顔料の分散媒、シリコーンオイルについて考えてみましょう。

例によって特許を調べてみましょう。

特開2003-186062 TDK 電気泳動表示装置及びその製造方法
JP 2007-310396 ゼロックス、電気泳動ディスプレイ媒体

などがいいでしょう。TDKの特許ではシリコーンオイルは、信越化学製KF96-5 、ゼロックスの特許はDow CorningのDow-200 5cStを使っています。どちらも動粘度が5cStなのが面白いです。
それでは5cStのシリコーンオイルがどんな構造なのかというと構造は明かしていません。

それを検討してみましょう。

シリコーンオイルとはシロキサン結合による主骨格を持つ化合物の総称です。

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nの数を様々に変えたものが市販されています。一般的にはRはメチル基で末端はSiMe3になっています。
また、末端の無い環状のものがあります。
シリコーンオイルについては、日本では信越化学が一番強い強いです。
そうした会社のカタログや技術資料をあたっても良いのですが、構造との相関は余り得られませんでした。

ここで使われているシリコーンオイルは動粘度が5cSt(センチストークス)です。
動粘度は粘度を密度で割ったものです。
粘度の推算に関しては、Pirikaのこちらのページを参照してください。
密度の推算に関しては、Pirikaのこちらのページを参照してください。

それでは、nが幾つくらいのシリコーンオイルが動粘度が5cStになるかデータベースを調べてみましょう。
Dipper801データベースなどを調べると、こうした化合物の物性値が得られます。

Dipper801の粘度はPa・s単位なので密度のデータも集めましょう。
次のテーブルデータをコピーし、表計算ソフトにペーストしておきます。

粘度データ。

密度データ。

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注意: 非常に紛らわしいのですが、日本語で粘度は英語ではDynamic Viscosityになります。動粘度はKinematic Viscosityになります。動=Dynamicと文字のイメージと逆になっています。大学の先生でも間違えたりするので注意しましょう。

25℃の粘度と密度(Density)のデータから、動粘度の値を計算してタブ(cSt)を計算してみましょう。このデータを使ってSi原子の数に対して動粘度をプロットすると次のようなグラフになります。

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すると、このグラフから、シリコーンオイルの動粘度が5cStとなるのは、鎖状のものでnが9のもの、環状のものでは、nが4のものと6のものの中間のn=5あたりが該当する事が分かります。

実際に商品として売られているものは、nが一つに決まっている訳ではなく、平均のnの値で、それより長いもの、短いものがガウス分布しているのでしょう。nの大きいものは粘度への影響も大きいので、鎖状の場合、平均のnの値が7.5ぐらいで5cStになるのでしょうか。

ついでなので、粘度の温度依存性も調べておきます。こうした電子ブック・リーダーは冬寒い場所、夏暑い場所でも使う事が想定されます。特に寒い場所で使う場合、粘度が高くなり、表示の応答性がどのくらい低下するかは大問題です。

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縦軸はcP単位(粘度測定温度での密度の実験値が得られない事が多いので)なのに注意してください。
先ほどのデータをこのような形にプロットする事は、表計算ソフトの使い方なので、詳しくは説明しません。自分でできるようにしておきましょう。
(Dipper801DBの粘度の単位はPa・sなのでcPに変換するのを忘れないようにしましょう) 

n(Siの数)の小さなものは温度依存性が低く、温度が変わっても粘度は低いままです。nが大きくなるにつれ低温になると粘度が急上昇します。
動粘度が5cStで温度に対する依存性が寝ている処方を設計するなら、Si4O3ぐらいの温度依存性の低い成分と、Si8O7以上の高粘度の成分と混ぜた2コブ・ラクダのような処方がいいかもしれません。

ピーク位置を変えたり混合比率を変えたりしながら、5cStで温度に対する依存性が最も寝ている処方をメーカーは探っているに違いな意でしょう。
化学、化学工学系の最も得意とする事でしょう。

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同じSi6のシリコーンオイルでも、環状のものと鎖状のものでは粘度カーブがずいぶん異なっているので、このような成分と合わせるのも面白いかもしれません。

YMBの推算結果検証

それでは、シリコーンオイルに対する、YMBの推算結果を検証しておきましょう。
YBMは汎用の物性推算パッケージなので、特殊な化合物については個々に精度を検証しておく必要があります。
(Web版のYMBでは大きなSi化合物は計算できないので、以降の検証は行わなくて良いです。)

以降の説明は、GUI付きの学生バージョンYMBです。
分子を描いて計算する場合にはSiのボタンは無いのでXボタンの後ろのテキストフィールドにSiと入力します。 (大文字、小文字に注意)
そしてXボタンを選択するとXボタンでSiと表示されます。

Smilesの構造式を入れる場合にはそのまま入力します。
(Smilesの構造式は粘度データの所に記載してある。)
Smilesの構造式に関する説明はこちらを参照してください。

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YMBを使ってテーブル中のSmilesを使って計算し、計算結果を表に戻します。

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全て埋まったら、計算結果のうち、Densityの部分を実験値の密度と比較します。

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密度に関しては、鎖状のシリコーンはかなり精度よく推算できています。環状のもので精度が低いのはYMBには環状のSi, O(Si)の原子団が定義されていないからです(後述します)。

次に、沸点、Antoine 定数の実験データを表計算ソフトにペーストしておきます。

沸点、Antoine 定数データ

そして、YMBの計算結果と比較します。

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沸点に関しては、鎖状、環状シリコーンともに非常に高い精度で推算できている事が分かります。

こうした電子ブックは例えば車のダッシュボード(夏場直射日光が当たると70℃くらいになる)の上に置かれることもあるでしょう。分子量小さいシリコーンオイルでは蒸気圧が高くなり、セルの破壊が起きてしまうことが予想されます。

我々(YMBやHSPiPの開発者)が新しい原子団(例えば環状のSi)を定義するかどうかは沸点を正しく推算できるかにかかっています。
そこで環状のSiは定義しなかった訳です。
原子団の数は多ければ多いほど精度はあがりますが、その分飛躍的に信頼の高いデータを多く必要とします。悩ましい所です。

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沸点が正しく推算できているということは、各温度での蒸気圧も正しく推算できていることを意味します。
事実、蒸気圧を計算するAntoine定数の推算精度も高いのが分かります。環状シリコーンのAntoine定数が鎖状のものと比べずれていますが、Antoine B, C両方でずれているため、結果としては相殺されているのでしょう。

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粘度に関しては、低分子のシリコーンについてはそこそこ合っていますが、分子が大きくなると予測値は指数関数的に大きくなり、実験値と合わなくなります。
通常の有機化合物ではこの関係は正しいです。
しかしシリコーン系の化合物は凝集力が小さく、どんなに高分子になっても固体にな利ません。
その特異性が汎用ソフトのYMBには加味されていません。

また環状シリコーンについては全く合いません。これについても環状の原子団を定義しなくてはならないという結論に達します(後述)。

それでは粘度の温度依存性はどうでしょうか? これは、YMBでは計算できません。こちらで計算した結果だけ見てみましょう。

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低分子のSi2Oは粘度の推算値、温度依存性に関してかなり正しい結果を与えます。分子の大きいSi8O7は絶対値はずれますが、温度依存性に関してはそこそこの結果を与えます(平行移動すれば合う)。このような結果をふまえて、新しいバージョンを作る時には、環状のSiを定義するか?粘度の分子量依存性をどうするか?を開発者チームで議論し、改良を行っています。計算結果が安定した段階でYMBへもフィードバックをかける事になるのでしょう。

それでは、ソフトが改良されるまで何もできないのかと言うとそんな事はありません。先にも示したように粘度の温度依存性は下図のようになります。

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ここで、横軸は温度ですが、この横軸をAntoineのBとCを使って整理し直してみましょう。
Antoineの蒸気圧定数に関してはPirikaのこちらの頁を参照してください。

蒸発というのはある温度で分子間力に打ち勝って分子が液相から気相へ飛び出す事です。その蒸発のエネルギーは温度が高いほど高くなりますが、分子間力が高ければ飛び出す量は減ります。粘度というのも分子間力の一つの表現であるので、粘度の温度依存性も同様に理解する事ができます。

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そこで、Antoine定数を使って、新しいTemperature Indexを定義すれば、上図に示すように化合物の温度依存性は全て一つの曲線に乗る事になります。詳しくは沸騰の科学を参照してください。

課題: Temperature Indexを定めましょう。(ヒント:横軸をCox温度にすれば蒸気圧曲線は直線になる。さらに蒸発潜熱を考慮すれば蒸気圧曲線は全て重なる。)

この粘度の推算に関しては、Pirikaのこちらのページにまとめてあるので参照してください。

ケイ素関連パラメータの作製法

YMBでは環状のSiは定義されていません。そのような系で自分なりの推算式を構築する方法を学んでおきましょう。基本としては重回帰の基礎は完全に理解しておきましょう。

次のデータを表計算ソフトにペーストしておきましょう。

ケイ素関連データ

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実験値としては、沸点、粘度、密度、表面張力の既知のものが記載されている。Smilesの構造式を使って、各化合物の物性値を計算しておきましょう。

計算結果のうち実験値のある沸点、粘度、密度、表面張力に関してYMBの計算値を比較してみましょう。

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沸点と密度に関しては精度高く推算できるが、環状のケイ素化合物の粘度と表面張力に関しては全く精度がでない事が判ります。

その問題を解決してみましょう。

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学生版YMBで分子を計算すると、Functional Group Listに分子中に存在する官能基の数を、YMBが数え上げたものが表示されます。この例では、CH3が6個、O@Si(Siに結合する酸素)が3個、Siの数が3個になります。
環状のシリコーンで粘度の精度がでないのは、ここで定義されるSiやO@Siが鎖状の化合物から作られている為です。

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そこで、必要な官能基の数を自分で作成します。
(環状のものは(Cyc)のカラムに入力します。)

このテーブルのBのカラムに重回帰計算したい物性値を入れます。
この例ではMWが入っていますが、これは本来C,H,O,Cl,Siの原子量が判っていれば簡単に計算できます。
でも、練習のため計算してみましょう。
(やり方が判らなければ、重回帰の基礎を良く読みましょう。)

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次ぎに、粘度のデータの無い行を削除し、粘度と官能基の数のテーブルを用意し同様に重回帰計算を行います。

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今度は環状のシリコーンでも正しく推算できるようになります。

課題: SiとO@Siの重回帰係数が環状と鎖状でどう変わるか比較してください。

同様に、分子体積(MW/Density)を重回帰で計算してみましょう。

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課題: SiとO@Siの重回帰係数が環状と鎖状でどう変わるか比較してください。

分子の体積は、原子種だけで決まっているように考えがちですが、このように環状体と鎖状体で大きく異なります。
これは、環状体ではメチル基は全て外に突き出す形をとり、かつ、Si-O結合が距離が長い為に6員環でもかなり自由な配置を取れる事に起因していると考えられます。

以上で、分子量(MW)は一義的に決まり、分子体積(MVol)の推算値から密度が計算する事ができるようになります。そして粘度が計算できますから、動粘度が計算できるようになります。

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E-Inkインク用のシリコーンオイルの動粘度の実験値と比較すると、良好に推算できている事が明らかとなります。そこで、シリコーン化合物ではSiとO@Siの官能基は鎖状と環状で区別しなくてはならない事が明らかとなる。

ケイ素化合物の表面張力の推算

次に、表面張力の推算を試みてみましょう。

表面張力の推算法にはパラコールを使ったものと対応状態原理を使ったものがあります。Pirikaのページで詳しく説明しているので参照してください。
(更に詳しく表面張力を学びたい場合にはPirikaのこちらを参照

ここでは、Parachor法を使ってケイ素化合物の表面張力を推算してみよう。

表面張力の推算法としては、Macleod-Sugdenが最も著名です。
MacLeodは表面張力と液体密度の関係を経験的に導き出しました。
後にSugdenはMacLeodの式に現れる経験的な定数が、パラコールと呼ばれる構成要素の定数と同じことを示しました。

Sugdenの導き出した式は、次のようになります。

s1/4 = P (rL - r v) / M

ここで

s = 表面張力 (dynes/cm)
P = parachor(パラコール)
rL =液体密度 (g/cm3)
rv = 気体密度 (g/cm3)
M = 分子量 (g/mol)

パラコールは2つの液体のあいだの相対的な体積として視覚化でき、温度には独立です。
Quayleは広範囲の有機化合物に適用可能なパラコールを推算する包括的なレビューを提案しました。 ほとんどの場合、 rvは rLより十分に小さいので、無視することができます。

s = (P*rL / M )4

この式が表面張力を推算する基本的な式です。典型的な誤差は平均5%以内ですが、ものによっては30%の誤差もありえます。

従って表面張力の実測値と液体密度があればケイ素化合物のParachorを決定する事ができます。

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先ほど作成した、分子量、分子体積の推算式を使って、実測値の表面張力のデータのあるものについてParachorを求めましょう。次に求まったParachorの値を用いて重回帰計算を行って、各原子団の寄与度を計算します。

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下図に示すようにParachorは原子団の数だけできれいに求める事ができる事が判ります。

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課題:各原子団の重回帰係数を求めましょう。

Me Et Si H Cl
Factor
O MeO Si(Cyc) O(Cyc) const.
Factor

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また、上記のParachor表の原子団の加算因子とケイ素系のParachor表の値を比較し、ケイ素系の特殊性について考察しましょう。

今回使っている重回帰法は定数項(const.)がでてしまうので、正確には比べられないが傾向は掴めます。(定数項を消す方法は別途説明する。)

以上のように、自分でパラメータを作成できると、自分独自(今回はケイ素系)の粘度、密度(分子体積)、表面張力を精度よく推算する式を得ることができるようになります。

こうした事ができるとどんないい事があるでしょうか?

応用

高次シラン組成物、膜付基板の製造方法、電気光学装置および電子デバイス(P2010-159191A)という特許に、シラン化合物をインクジェットで製膜してアモルファス太陽電池を作るという物があります。
詳しくはこちらの資料を参照
この特許には、「以上のようにして調製された高次シラン組成物の粘度(常温)は、0.4~100mPa・s程度であることが好ましく、0.5~20mPa・s程度であることがより好ましい。これにより、十分な膜厚を有し、かつ、均一な膜厚の膜を得ることができる。」とあります。
インクジェットにしろスピンコートにしろ粘度は非常に重要な物性値で、下田先生は液体シリコンがはじいてしまう事(表面張力の問題)が一番の問題だったとしています。

高次シランの作り方は、シクロペンタシラン(CPS)やシクロテトラシランを下式に従ってオリゴマー化します。

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この化合物の物性を先に求めた方法で計算してみましょう。

分子量の大きいポリマー

シリコーンの分子量がさらに大きくなると、シリコン樹脂として様々な所に使われます。例えば、最近のガスクロはパックド・カラムの代わりに液状シリコン樹脂がコーティングされたものが使われ、分解能が飛躍的に向上されています。通常のGC: Gas chromatography(固定相は固体又は液体) に対して、GLC:Gas Liquid chromatography(固定相は液体) と呼ばれます。

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こうした、Poly(dimethylsiloxane)やPoly(methylphenylsiloxane)の粘度に関しては、固有粘度をMark-Houwink parametersの値で整理する事が多いです。
詳しくはpirikaのこちらのページを参照。

Mark-Houwink parameters(WikiPedia) 。

このパラメータを使うとポリマー溶液の固有粘度が計算できます。

[η] = KMa

そこで、Kの値、aの値と溶媒の種類、使える分子量の範囲、測定温度をシリコンオイルについて集めてみました。

シリコーンのMark-Houwink parameters

このaの値は、
シーター溶媒(Theta Solvent)の時には0.5になる。
典型的な良溶媒では0.8、フレキシブルな高分子では0.5から0.8の間、剛直になると0.8以上になるとされています。

課題:Kとaの関係をグラフ化してみましょう。
一部変なデータのあるトルエンについて考察せよ。

グラフ化すると明らかなように、Kとaは高い相関があります。
また、aの値はシーター溶媒(溶解する限界)では液中に下図の左のように溶解し、良溶媒a=0.8では右のように溶解するので、aについては物理化学的な意味合いがある。

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そこで、各溶媒をYMBで計算し、どんな物性とaの値に相関があるか調べよう。

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一例としてはこんな図が得られる。他に相関が高い物性値がYMBの計算値の中にあるだろうか?


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