HSPiPのライセンス発行

今日先生達とメールでやりとりした。
現在のところHSPiPのライセンス発行はAbbott教授に一任していた。
先生に何かあるとライセンスが発行できなくなるわけだから、危険分散もしておきたい。
自分はMac使いだから、実はWindows用のライセンス管理ソフトを入れてというのはあまりやりたくなく、延ばし延ばしにしていた。

しょうがないので、今日管理ソフトを購入した。
使い方を学んで、Asia地域のライセンスは僕が発行できるように体制を整えておこう。

見てみると、テンポラリーなライセンス(期限や時間に制限をかけたライセンス)の発行もできるようだ。場合によってはそんなこともやっていこう。

コロナ軽症用、経口治療薬のハンセン溶解度パラメータ。

新聞を見ていたら、コロナ軽症用、経口治療薬の話が出ていた。昔のインフルエンザにもワクチンはワクチンとして、それとは別にタミフル、リレンザなどの薬がある。(https://www.pirika.com/HSP/JP/Examples/Docs/Tamiflu.html)
そうした薬のHSP(ハンセン溶解度パラメータ)を計算してきた。
同じように、今回新たにわかった、コロナ軽症用、経口治療薬のHSPを計算してみよう。
HSPiPを持っている人が計算できるように、SMILESの構造式もつけておく。
モルヌピラビル:CC(C)C(=O)OCC2OC(n1ccc(=NO)[nH]c1=O)C(O)C2O
AT-527:CNc1nc(N)nc2c1NCN2C4OC(COP(=O)(NC(C)C(=O)OC(C)C)Oc3ccccc3)C(O)C4F
S-217622:COc4cccc5[nH]c(C(=O)NC(CC(C)C)C(=O)NC(CC1CCNC1=O)C(=O)c3nc2ccccc2s3)cc45
PF-07321332:CC(C)(C)C(NC(=O)C(F)(F)F)C(=O)N1CC3C(C1C(=O)NC(C#N)CC2CCNC2=O)C3(C)C

最近思うのだが、こうした化合物の多くは3つに分けて考えると良い気がする。
ハンセンの溶解度パラメータのコンセプトは、似たHSPのものは、似たHSPのところに溶けるだ。これらの薬はどんな所に溶けているのだろうか?

また、QSAR的には電子受容性(EA)や電子供与性(ED)も大事なので合わせて計算結果を載せておく。

オーバーオールで見ても、結構よく似たHSPになっているので面白い。

namedD19dP19dH19dHAcid16dHBase16ElectronDonorElectronAcceptor
モルヌピラビル18.869.2713.498.4919.6715.621.3
AT-5272010.6910.356.2616.5732.224
S-21762220.0713.29.846.8410.1730.527.2
PF-0732133218.2412.677.685.667.0430.527.2

コロナのHSPと比べると、薬のdHが小さいのがちょっと気になる。

https://www.pirika.com/wp/?p=100

実はまだ、この計算用のパラメータは未公開(ver. 2019)だ。
このところ毎日、ver.2021を作成している。段々飽きてきたので、ちょっと遊びで計算してみた。

CLIライセンス・ユーザとかの限定ユーザーにはテスト用に使い始めてもらっている。もう少し、練り上げてリリースすることになるだろう。

物価の停滞と生産性の低下

今朝新聞を読んでいたら、「一円でも値上げを許さない日本人の行動原理が、日本の生産性低下に拍車をかけている」とあった。

まー「Japan as No.1」の時代に大学生で、製造業の会社に35年間勤め定年退職した身としては、日本のプレゼンスの凋落ぶりは悔しい。

が、こんなことしていたら、凋落しない方がおかしいという実感があって、定年延長は辞退した。

原料費、運送費、製造費などがアップする。値上げはできない。それなら、より少ない人間で製造できるように工程合理化、より安く作れるプロセス開発だけが仕事になり、新しい付加価値を加え、より高く売るという発想は駆逐される。

後ろ向きの仕事ばかりなので、給料も上がらない。
ますます、より安い商品へと向かう。

今は、HSPiPというソフトの開発が主な仕事だ。
こちらは、そんな機能はいらないから安く売ってくれと言われるようなソフトではないので、気の済むまで高機能化できる。

子供の時代になったら、彼らはどうやって食っていくのだろうか?

一つの解決策は、ものの値段を一つにしないことだろう。
レストランの食事も、同じものを出すとしても、12:00−13:00の間は混み合うので高くする。高速道路、運賃などで普通にやっているように、値段をダイナミックに変える。
もう一つには、同一労働、同一賃金なんていう馬鹿げたシステムが許されるなら、類似商品、同一価格もありにすることだ。
昔は、通産省の集団護送方式とかでうまくいっていた。

きちんとした組織が、性能の悪いものを安く大量に売る(きちんとしたものを、しっかり投資して高く売ることを妨げる)ところにダンピング課税をして、ユーザーの買値を同じにして仕舞えば、出来の悪い安いものを買うことはなくなる。

ドイツなどでは、電気製品などに、平均利用可能年数を表示しなければならないそうだ。初期投資が多少高くても、長く使い続けられる方が結局は安くなる。

化学の領域はなかなか、そうした対策が取りにくいのかもしれない。

しかし、素材として、10年耐久の部品にはそれなりの素材を使ってもらう。
現状は、10年耐久になっても高くは売れないから、耐久性は3-5年で良いから、より安い素材を。となっている。

子供の世代は、やはり日本にいてはダメそうなので、外に出ることを勧め

る。

2週間の待機終了

ワクチンを打ってから、2週間、ほとんど外出せず、一日中、HSPiP用の新しいパラメータを作成していた。1日に20本のジョブが流せる。データが大きく複雑な計算だと、1週間ぐらいかかる。

まー、過学習を抑えるのに非常に多くの処置が必要ということだ。

HSPの値を含め、基本的な物性値の推算式が大体目処がついてきた。

次は、それらの基本値を用いて、さらに2次物性を推算する式を作ることだ。

でも、いいかげん飽きた。飲み会したい。旅行したい。
ワクチン終わった者から、経済回したい!

化学と教育 vol. 69 No.8 2021

日本化学会の雑誌、「化学と教育」に「デジタル分子模型で見る化学結合」というタイトルで、私の書いた記事が載った。これはpirikaのwebページ(https://pirika.com/Chemistry/JP/Other/CB/index.html)連動記事になる。

雑誌は白黒だが、Webではカラーで実際に動かすことができる。
実は、この雑誌、昔は化学教育という雑誌だった。
私が大学院を卒業する1985年、デジタル分子模型で表紙を飾らせて頂いた。

会社を卒業する、35年後にまた同じデジタル分子模型で記事を書いたのは何とも不思議な縁である。

当時のコンピュータ(NEC PC-8801)では、レイトレーシングの分子模型を描くのに、機械語で書いたプログラムで4-5時間かかっていた。(そして部屋を暗くして、カメラで画面を撮影した。)そこで位置合わせようにワイヤーフレームの分子模型を描いてぐるぐる動かすプログラムを作成した。

そのプログラムは、CになりC++,JAVAそしてJavaScriptに引き継がれ今も動いている。そのプログラムにCNDO/2を載せたものを使い、今回の記事を書いた。

現在は、2次元のフリーで使える構造式作成ソフト(JSME)で構造を描けば、RDKitを使ってすぐに3次元の構造が手に入る。その構造を使って自分の計算したい化合物を紙面の説明に従って計算すればいいだけだ。

また、HTML5+Javascriptはe-Pub3以降の電子書籍にそのまま載せ込むことができるので自分らなりの電子教科書が作成できる。

このコロナ禍の最中、授業が遠隔になったりすることも多いかもしれない。また情報科学ではプログラミングを教えることができる先生が少ないことが問題になっている。

こうしたデジタル分子模型のページや、高校生向けのデータサイエンスのページが一石を投げかけるかもしれないので楽しみだ。

ヤマハ YDS-150 デジタル・サックス

いきなり、ヤマハのデジタル・サックスをポチしてしまった。
サックスが吹けるわけでもないが、以前、金ピカにひかる本物のサックスを見て、密かに憧れていた。
デジタルなら、人に聞かれることもなく、こっそり仕事部屋で息抜きができる。
販売自体は去年だが、半導体不足の煽りで、なかなか市場には出回らない。
それをやっと手に入れた。

使ってみた感想。
・本物は知らないが、これは何となくちゃんと音が出せる。
・指使いは、小学生の時やったリコーダーとほぼ変わらない。広い音域が簡単に出るという意味ではこの方が良い。
・思ったより重い。

自分が何ができて何ができないか?
この歳になると、気にせずにやってみるのも良いと思う。

M1 Macのハードディスク”その他”の567GB

今メインで使っているM1マック、使い始めて半年で、1Tの内臓HDの残量が100Gを切ってしまった。外付けには6Tのハードディスクをつけている。
そこで、重要度の低いファイルをそちらに移して、ファイルを消去したが全く容量が増えない。かえって80Gぐらいに減ってしまった。

ネットをいろいろ調べて、ゴミ箱に入れただけでは消去されませんとかそんな情報しか見つからない。

りんごマークからこのMacについてからストレージを確認すると、”その他”が567GB使っている。

TimeMachineが悪さしているのかと見ると、バックアップを自動作成のチェックは外れている。

セーフモードで立ち上げたり、OSのインストールをやり直したりして100G残ぐらいまで回復したが、如何せん”その他”の567GBが減らない。
危うく新しいMacをポチするところだった。

結局わかったのは、このM1マックは、古いマックからアプリを移して使っている。
そこで、TimeMachineEditorというアプリを入れていた。このアプリはTimeMachineを制御するアプリだ。Apple純正のTimeMachineは1時間ごとにバックアップを取る。自分のように大きな容量を使っていると、バックアップに時間がかかり、その次のバックアップになり永久に終わらないことになる。
そこで、TimeMachineEditorを使って、1日に1回とかTimeMachineをオンにして、終わったら切るという設定をする。

新しいM1マックは手でバックアップをきちんと取るので、TimeMachineは使っていなかった。と思っていたら、この半年間、TimeMachineEditorがバックアップを作り続け、指定したディスクが無いので、内臓のHDに溜め込んでいたらしい。

NASに吐き出させたところ、462GB、22時間かかるとある。

そんなわけで、HDが足りない。ファイルを消去。それをTimeMachine用にバックアップが繰り返されているだけで容量が全く増えなかったらしい。

M1がダメなのか?BigSurfがダメなのか?何が起きているのか全くわからないのは良くないと思う。”その他”では無くTimeMachineキャッシュと表示するべきだ。
純正のソフトなんだから。

うーん。1週間経っても容量が増えない。何が起きているのか。。。。

やっと治った。
結局原因は、TechTool Pro 13というソフトであったらしい。
ターミナルで
tmutil listlocalsnapshots / 
とやってみると、ローカルスナップショットのリストをみることができる。
そこに、多数のTechTool Pro関係のローカルスナップショットが蓄えられている。めんどくさいので、TechTool Proをアンインストールしたら、400GB容量が増えた。



HSPiPの中のYMB計算方法、改訂中

先月ぐらいから予備検討を始め、やっと新しいYMBの推算式が出来上がってきた。最後のバージョンアップから5年ぐらい経ってしまっていた。

今回の目玉は、例えば水酸基をたくさん持っている化合物が、モデル式を作成した母集団のデータ中の最大値を超えてしまう時に起こる、オーバーシューティングの取り扱いだ。

その変更に伴って、YPB(ポリマー系の推算式)も2年ぶりに変更になる。

それ以外にもHSPiPにまだ搭載されていない推算値をどうするかがまだ決まっていない。

MI用には重宝するのだけど、HSPiPに載せるほどではない推算値を、CLI(コマンド・ライン・インターフェイス)で提供しようと言うのが僕の意見。
先生がなんと言うかは分からない。

Ver. 5.4になるか、ver. 6になるかもまだ分からない。

このクソ暑い中、ジョブを10個並列に投げている。
その分、コンピュータが使えないので、統計やら機械学習やらAIの書籍を読みまくっている。

CrossOver20 M1 Mac

M1 マックにしてから、Parallelsが動かなくて困っていた。
問題は、MacのOSが64bitプログラムしか動かせなくなったこと。
WINEなどがコケてしまい、ウインドウを持ったアプリの開発が一切できなくなっていた。
また、もう一つの問題が、Parallelsは動くが、その中で動くwindows OSがないこと。
プレビューでは動いているようだが、正式には購入できない。
出るのかどうかわからないが、Wondows11 Armを待つしか無さそう。
ところが、CrossOver20がM1 Macで動くというので、試してみた。
確かにVisual Studioで作った自作のwindowありプログラムがちゃんと動いた。
なんか逆に32bitの古いプログラムを動かすのに重宝しそうだ。

2021年横浜国大春学期授業終了

去年のコロナ騒ぎで急遽、授業がオンラインになったのと比べ、今年は最初からオンラインであることは告知していた。
準備の時間は十分にあったはずだが、学生のだらけた様子はどういうことだろう?
去年のような危機感は消え失せ、やる気など全く感じられない。環境を整えようとする努力もない。

この10年で最低の生徒だった。