吸入麻酔薬のHSP

2022.9.5改訂(2012.2.26)

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概要

吸入麻酔薬の麻酔の強さ、最小肺胞濃度(MAC: minimum alveolar concentration)と分子構造の相関を検討した。
意外にもハンセン溶解度パラメータ(HSP)が大きな役割を果たしている事が分かった。
この取り扱いは通常のハンセンの3次元空間での位置だけではなく、YMBをうまく利用する必要がある。そこで自分でやってみよう(DIY)で解説しよう。
吸入麻酔薬とアルツハイマー薬のHSPがよく似ているのが面白い。

(計算値はVer. 3に基づいているので、今の(2022年、ver5.4とは異なる。完全に書き直す必要があるかもしれない。)

内容

麻酔薬(Anesthetics)(Wikiの記事を参照)
吸入麻酔薬(Inhalation agents)は肺から吸収され、排泄が早く広く利用されている。

かつては、エーテル、笑気(N2O)、Halothaneなどが使われた。
この吸入麻酔薬の強さは、最小肺胞濃度(MAC: minimum alveolar concentration)によって示される。

MACは皮膚への刺激に対する反応が、投与された患者の50%に見られなくなる場合の吸入麻酔薬の肺胞濃度で、MACが小さいほど吸入麻酔薬の作用が強い。

血液/ガス分配係数(blood/gas partition coefficient)は、平衡状態に達した吸入麻酔薬の濃度に対する血液中の吸入麻酔薬の濃度の比であり、吸入麻酔薬の導入と麻酔からの回復の指標となる。

エーテルは引火性であり、導入と覚醒に時間がかかり、現在では用いられない。

笑気は、無色無臭のガスで、水に溶ける。
鎮痛作用は強いが、麻酔作用は弱いので、単独では使用しない。

Halothaneは引火性のない揮発性麻酔薬である。
麻酔作用はかなり強い。鎮痛、筋弛緩作用は弱いので、笑気や筋弛緩薬を併用する。
心筋抑制作用と血管拡張作用があるので、血圧の低下をきたしやすい。
心筋伝導系のアドレナリン感受性を高めるので、不整脈を起こしやすい。
ときには、肝機能障害や悪性高体温症を引き起こすことがある。

isofluraneは心筋抑制がほとんどない。
体内で代謝されないので肝障害が少ない。
halothaneより導入、覚醒が速い。
脳血流の増加作用がある。
用量依存性の呼吸抑制作用がある。

Sevofluraneは我が国で最も多く使用されている。
導入と覚醒が速い。
用量依存性の呼吸抑制作用がある。
強い鎮痛作用ある。CO2吸着剤のソーダライムやバラライムにより分解され、腎毒性のあるcompound Aが生じる。

このような吸入麻酔薬のMACの大きさを調べていた所、
Polyhalogenated Methyl Ethyl Ethers: Solubilities and Anesthetic Properties International Anesthesia ResearchSociety Anesth Analg 1999;88:1161–7
という文献を見つけた。
詳しくは上記の文献をお読みいただきたい。

テーブル
HcodeCompoundnameCASlog(KMAC)
22329CCIF2OCCIFCF3
21997CCIF2OCF2CCIF2(Chlorodifluoromethyl)(2-chloro-1,1,2,2-tetrafluoroethyl) ether
21998CCIF2OCCI2CF31,1-Dichloro-1-[chloro(difluoro)methoxy]-2,2,2-trifluoroethane32778-09-92.120573931
21999CCIF2OCF2CCI2 F1,1-Dichloro-2-[chloro(difluoro)methoxy]-1,2,2-trifluoroethane 37136-24-62.269512944
22330CCI2FOCF2CCIF21-chloro-2-[dichloro(fluoro)methoxy]-1,1,2,2-tetrafluoro-ethane2.260071388
22331CCIF2OCFHCF32-[Chloro(difluoro)methoxy]-1,1,1,2-tetrafluoroethane2.463892989
22332CF2HOCCIFCF31-chloro-1-(difluoromethoxy)-1,2,2,2-tetrafluoro-ethane2.507855872
22333CF2HOCF2CCIF2(1,1,2,2-Tetrafluoro-2-chloroethyl)(difluoromethyl) ether、(Difluoromethyl)(2-chlorotetrafluoroethyl) ether2.781036939
21984CCIF2OCH2CF32-[Chloro(difluoro)methoxy]-1,1,1-trifluoroethane33018-78-92.457881897
3571CF2HOCCIHCF3isofluran26675-46-71.161368002
3572CF2HOCF2CCIFHEnflurane13838-16-91.342422681
22334CCIF2OCCIHCF32-Chloro-2-[chloro(difluoro)methoxy]-1,1,1-trifluoroethane1.686636269
22335CF2HOCCI2CF31,1-Dichloro-1-(difluoromethoxy)-2,2,2-trifluoroethane32778-07-71.992111488
22336CCIF2OCF2CCIFH1.477121255
22337CF2HOCF2CFCI21,1-Dichloro-2-(difluoromethoxy)-1,2,2-trifluoroethane1.954724791
21979CH3OCF2CHCI2Methoxyflurane76-38-00.431363764
21994CF2HOCF2CF31-(Difluoromethoxy)-1,1,2,2,2-pentafluoroethane3.751279104
3268CF3OCFHCF31,2,2,2-Tetrafluoroethyl trifluoromethyl ether2356-62-93.292256071
3106CF2HOCFHCF3Desflurane57041-67-51.892094603
3272CF2HOCH2CF32,2,2-trifluorethyl difluoromethyl ether1885-48-92.042181595
21980CFH2OCFHCF31,1,1,2-Tetrafluoro-2-(fluoromethoxy)ethane1.666517981
3273CFH2OCF2CF2 Hfluoromethyl 1,1,2,2-tetrafluoroethyl ether37031-31-51.624282096
3574CH3OCF2CCIFH2-Chloro-1,1,2-trifluoroethyl methyl ether425-87-61.201397124
22338CF2HOCBrCICF31.178976947
22339CF2HOCF2CBrCIF1.176091259
21983CF2HOCBrHCF31-Bromo-2,2,2-trifluoroethyl difluoromethyl ether32778-10-20.716003344
21978CH3OCF2CBrFHROFLURANE679-90-30.838849091
255EtOEtEtOEt60-29-71.278753601
3546CF3CHBrClHalothane151-67-70.875061263
3281CH2FOCH(CF3)2Sevoflurane28523-86-61.77815125
649Cl2C=CClHTriChloroethylene79-01-60.230448921

これらをまとめると上記のようになる。データをエクセルにでもコピペしておこう。

これらの構造と麻酔強度(log(KMAC):MAC*1000をlogをとったもの)の関係をHSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)に搭載されているYMB(物性推算機能)を使って定量的構造活性相関(QSAR)を検討してみよう。

YMBでは分子のSmilesの構造式があれば様々な物性を推算する事ができる。

各化合物の物性を推算しlog(KMAC)がどんな物性と相関があるかを検討する。

例えば沸点とlog(KMAC)をプロットすると上記のように大まかな相関があることが分かる。

log(KMAC)が2以下のものが強い麻酔作用があるとするなら、沸点は292K−375Kの範囲にくるだろうと予測できる。

しかし通常の溶媒はほとんど全部この領域に入ってくるので、この沸点領域を持って麻酔性の強度因子とは言えない事は明らかであろう。

それでは他にどんな因子が麻酔強度を決めているだろうか? 例えばハンセンの溶解度パラメータ、dD(分散項)との関係を見ると以下のようになる。

dDの値が小さくなるに連れ、麻酔の強さは下がる事がわかる。log(KMAC)が2以下のものが強い麻酔作用があるとするなら、dDの値は13.3-18の間になる。

また、分子体積との相関では、強い麻酔作用があるものは、分子体積が90-140であることがわかる。

これら、沸点、dD、分子体積でlog(KMAC)を推算するQSAR式を作ると結果は次のようになる。

(この3つの変数をどう選択するのかに関しては、大学での講義用に専用ソフトを作ってある。こちらの記事を参照していただきたい。)

ここでのポイントは、論文中にはハロゲン化エーテルだけのMACが記載されているが、QSAR式を構築する時には、これらの化合物のみを使って式を構築し、ジエチルエーテル、Halothane、Sevoflurane、TriChloroethyleneは予測化合物として推算式の構築には含めない事だ。

いくらハロゲン化エーテルだけのQSAR式の精度が高くても、予測化合物の推算精度が低ければ正しい推算式が構築できた事にはならない。

ここで得られたQSAR式は予測化合物についても良い一致を示しているので確からしい推算式であると考えられる。

それでは、沸点が292K−375K、dDの値は13.3-18、分子体積が90-140となる化合物はどのくらいあるのだろうか? 

HSPiPには10000化合物を超える化合物のデータベースが搭載されているが、その中から条件に合う化合物を検索してみると、373化合物しか無い事がわかる。

何故そのように少数しか答えが無いのだろうか?

沸点の効果としては、沸点は低めなほど麻酔性は高い。

dDの値で見るとdDの値が大きいほど麻酔性が高い。ハンセンのdD(分散項)が大きいという事は高い蒸発潜熱を意味する。

つまり蒸発しにくい化合物である。

しかし、分子の体積で見ると体積が小さいほど麻酔性が高い。

つまり沸点は低めで、dDが大きいく、分子体積が小さいというのは相反する物性なのでそんなに多くの解は無いのが当たり前になる。

そこで、BrやClがつく事によってdDが大きく、分子が小さめの化合物で、Fがつく事によって沸点が下がった化合物の麻酔性が強いという結果になる。

ついでであるのでYMBの蒸気圧の推算式の妥当性も検証しておこう。

YMBで物性推算した場合には蒸気圧を推算する用のアントワン定数を推算した結果が含まれる。

先ほどの文献ではハロゲン化エーテル化合物の蒸気圧の実測値が論文中に記載されているので、これと推算値を比較検証してみた。

構造のみから予測した蒸気圧は実験値を良く再現できている事がわかる。もし沸点の実験値があればさらに精度は高くなる。

こうした、麻酔薬は肺から吸収され、血液にとけ込み、全身に回る。

自分はポリマーが専門で薬学については余り知らないのだが、全身を回った麻酔薬はどこに作用するのだろうか? 

もしこれらの化合物が運ばれた先で神経にとけ込んで作用するのなら神経へのとけ込みやすさが大事になるかもしれない。

そこで定量的なHSPを検討するHSP Dataの機能を使って、どのようなHSPの領域にこれらの化合物がとけ込んでいるのかを検証してみる。

結果から見ると、HSP距離の一番短くなる化合物は、CCIF2OCFHCF3で、その時のHSPは[12.9, 3.1, 2.3]になる。
似たHSPのものが似たHSPの領域にとけ込むという考え方が成立するなら、吸入麻酔薬は[12.9, 3.1, 2.3]というHSPの領域に溶解している事になる。これはどんな領域だろうか?

そこで定量的なHSPを検討するHSP Dataの機能を使って、どのようなHSPの領域にこれらの化合物がとけ込んでいるのかを検証してみる。

定量的な検討をする時に、Good is smallのオプションを入れるのを忘れていた。
通常の溶解度とは異なり、少ない量で効果があるので、log(kmac)は小さい方が少ない量で大きな効果がある。
その場合の、HSPは[15.6, 6.5, 4.7]と求まった。
そのHSP距離が一番短い化合物はFC(Br)(Cl)C(F)(F)OC(F)Fであった。

こうした構造を薬に付けて、アルツハイマー用のドラッグデリバリーなどをやったら面白いのではないだろうか?

この内容に関して、アバター・チュートリアルを作成し、YouTubeに載せた。
How to Design the Artificial Polymer that may suck up amyloid-β

間違い

たまたまであるが、ファイザーの特許で面白いのを見つけた。特開2000-26367

これはある薬剤にR2-R4にフッ素を導入したアダマンタンを付加したものだ。

アルツハイマーやパーキンソン病に効果があるらしい。
(アルツハイマーの薬の構造を覚えられるのはどんな脳だ? )

このフッ素化したアダマンタンの付加は、患者の中枢神経系(CNS)における薬剤の吸収を高める役割を果たしていると記載されている。

つまりフッ素化したアダマンタンが神経に良く溶解し、それにくっついた医薬品を神経に溶解させるのを助ける、ドラッグ・デリバリーの役割を果たしているらしい。

このフッ素化したアダマンタンのハンセンの溶解度パラメータを計算してみる。

アダマンタンの部分は、[13.9, 0, 3.2]になる。つまり、中枢神経系(CNS)のHSPはこれに非常に近いのだろう。

これと先ほどの吸入麻酔薬のHSP[12.9, 3.1, 2.3]と比べると非常に近い事がわかる。

読者の誰か、フッ素化したアダマンタンの代わりに、CCIF2OCFHCF3やCF3OCFHCF3を導入した薬剤を作って効果を検証してくれる人は居ないだろうか? 

この麻酔薬と神経、フッ素化アダマンタンのHSPの位置関係をHansen空間で見てみよう。

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

緑色の球は神経のHSP、水色の球はフッ素化アダマンタンのHSPを示している。

赤い球はハロゲン系の麻酔薬、青い球はジエチルエーテルなど旧来の麻酔薬を示している。

ぐるりと回転してみるとこれらの化合物は平面上に広がっているのが判るだろう。麻酔性を示す化合物はHSPでみるとかなり特殊な領域にかたまっているように思える。

アルツハイマーはあるタンパク質が神経に溶けて拡散して行くらしい。
そのタンパクはきっとHSP[12.9, 3.1, 2.3]あたりなのだろう。
神経よりもより良く溶解する化合物を設計するのなら、この辺りのHSPが狙いめとなる。

HSPiPで12.0\350Kで検索してみよう。
HSPiPの機能のうち、FindMolsを使う。

意外と候補は少なく、69化合物しか無い。リード化合物としては面白いように思える。 アダマンタンが側鎖にぶる下がった構造のメタ/アクリレートは電子線などによるエッチング用のマスク材などに使われる。

そうしたポリマーが吸い取り紙のようにタンパクを溶かしたら?。興味は尽きない。ここら辺に詳しい方がおられたら、是非とも議論してみたいものだ。

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