言われたことしかしないなら、言えば良い。

M銀行やM電気やらそうした風土があるとかいう。
DXを押し進めてAI時代になったら、AIは言われたことしかしないし、それ以上の事をAIがやりはじめたら大変なことだ。

従って、過不足なく指示を出すことは相手がAIだろうが人間だろうが上に立つものに必須の資質のはずだ。結果責任を下に押し付ける便利な言葉が「言われたことしかしない」「自分の意見を持たない」。どんどん下げていけば、派遣が、アルバイトが悪い。

上に立っている者の資質が低いだけだ。

そうした上に立つ偉い人は、企業であれ、アカデミックであれ競争に勝ち抜いてきた人のはずだ。
きっと、勉強ができたのだろう。

日本の勉強とは、「言われたことをきちんとやる」と成績が良くなるようにできている。そして、その序列で企業は採用しているのだから、社内がそんな人間で溢れるのは仕方ない。大学で何を勉強したかではなく、入り口の偏差値の高い事が大事なので、一度入学してしまえば、勉強などしないで遊びまくる。会社も入ってしまえば「言われたことしかしない」でも首にはできない。

まー、小さい時から、今は我慢して勉強しなさい。いい大学に行って、いい会社に入れば一生安泰なのだから。とか、勉強ができれば選択肢や自由度が広がるからとか「嘘を信じ込まされている」のだから仕方がない。

最近見ていると、企業であれアカデミックであれ、自由に改革できる立場に上り詰めた「偉くなった人」が「何をしたい」のか「意見を」持たない。『聞く力』なんて言っているのは意見を持たないことの誤魔化しだ。

そうした人から僕は羨ましがられる。
自由に「したい」ことに邁進して楽しんでいると。
「うちで教えてもらえないだろうか?」「うちの学会へ」「コンサルを」「コンソーシアムに」

こちらの方こそ、高い肩書きと資金を握っているのに、座して沈没を待つ(けど自分の代までは持ち堪えるだろうと)余裕がある人は羨ましい。

科学の進歩につれDXが進み、社会が豊かになる。
でも、同じく科学が進歩すると、ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)が増える。
それを如何に下に押し付けるかのブルシット・ジョブもあるので、企業であれアカデミックであれ、生産性が世界の中で遅れを取っても仕方がない。後進国レベルなんて言ったら後進国に失礼だ。後進国は前には進んでいるのだから。後退国と呼ぶべきだ。

所詮、人は自分が持たないモノを持っている人が羨ましいだけなのだろうけど。
でも、残念ながら、そうした相容れないものは「接木できない」。そんな努力自体ブルシット・ジョブだ。

「お前の会社何人ぐらい働いている?」
「半分ぐらいかな。」が冗談として通じなくなってきている。。。。

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