微粒子のハンモック、δNet : 分散に対する新しい指標

2025.05.9

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ハンセン溶解度パラメータ (HSP) Doc

注意:HSPiPの機能ではありません

微粒子のハンモック、δNet

HSP50周年記念講演会のキーノート・スピーチで、僕は次世代HSP2にdNetを導入することを提案している。簡単に言ってしまえば、溶媒は正則溶液と呼ばれる溶媒と、溶媒がネットワークをつくような会合性溶媒に分けて考える。そこで次のように溶解度パラメータの総量を分割する。
δT2 = δReg2Net2
このdNetが無機物の分散に大きな影響を与える。
凝集・分散に関する書籍がこのところたくさん出版されている。中にはクラッシックなHSPの記載がある。
しかし、当然ではあるが、dNetに関する記載は無い。HSPiPだけでは物足りなくなったら考えてみると良い

LIMISIZERを用いた沈降時間測定

e-Bookにもあるように、こうした微粒子の沈降時間をHSPで解析する時にはRST:相対沈降時間を使うことを勧めている。沈降時間自体は溶媒の密度や粘度に依存してしまうので補正が必要だ。
この補正が正しいかどうか考えてみよう。
解析用のデータは次のようになる。YMB25Pro4MIを持っているなら自分で計算しながら説明を読んでほしい。

何の為に微粒子のRSTを解析するのか?

HSPの開発者をやっていると、別に何の理由が無くてもHSPiPを購入して解析に使ってくれればありがたい。
ただ、ミス・リーディングした結果を発表されるのは嬉しくない。分散・凝集の研究者はぜひ一読してほしい。

HSPは挟み撃ち法で溶質のHSPを決める。そこで、まず例えばlog RSTの値で適当に3近辺に境界を置いて、Score 0(貧溶媒), 1(良溶媒)とおいてハンセンの溶解球を求める。ハンセンの溶解球はScore 0のものを溶解球の外側、Score 1のものを溶解球の内側に配置するような溶解球の中心と半径を求める。こうした結果からより沈降しにくい溶媒を探索したり、相性の良いポリマーを選定できる。
しかし、よく溶解する領域が複数あるようではあるが、求まったHSPで溶媒設計やポリマー相性は評価できない。無茶苦茶な議論だ。

RSTの大きい溶媒は提案できる

RSTの値をScoreにした以上、溶解球のHSPはRSTの値の大小を説明するものになる。

求まった溶解球に入らない、大きく外れる位置に2つ、良溶媒が配置されている。

求まったハンセンの溶解球と各溶媒のHSP Distanceは簡単に計算することができる。
それとlog RSTをプロットする。
HSP距離がゼロになるものが一番大きなlog RST = 3.5になる。

HSPiPのFind MolsでDB検索

それでは、DBからlog RSTが大きくなるような溶媒を検索してみよう。

dPの値がずいぶん大きいので候補は多くない。その候補も含め、ハンセン空間にプロットしてみよう。

ほとんど皆、先に求まったハンセン溶解球の中に入っている。
そこでHSPの理論は正しいとも言える。

探索された分子

そこで、LUMISIZERを使って沈降速度を解析するのは何故か?という問題に戻ってしまう。

高いRSTを持つ化合物はDBから検索され、多分、実験を行えば大きなRSTを持つかもしれない。ここで検索された分子の密度や粘度を推算してみる。
すると推算値ではあるが、粘度は最大200倍異なる。
すると、HSP的には非常に似通った分子であるにも関わらず、沈降時間は200倍異なることになる。
それなら、最初からYMBで粘度を計算して大きいものを選べば沈降時間が長い溶媒を探索したことになる。粒子の周りに溶媒和して分散安定性を高めるという機構は無いのだろうか?

HSPの根本に戻る

SP値は、分子の蒸発潜熱と分子体積から計算できる。分子体積は分子量/密度で計算される。そこで化合物の蒸発潜熱を知ることはとても大事だ。

Troutonの通則

分子の沸点と沸点における蒸発潜熱の間にはTroutonの通則というのが知られている。

溶解度パラメータで使う蒸発潜熱は25℃のものであるが、Troutonの通則は25℃でも大まかには成立する。
これが成立する溶媒を正則溶液と呼ばれる。

カルボン酸は例外

低分子のカルボン酸はダイマーで蒸発し、蒸発潜熱は低い。

アルコールも例外

沸点と蒸発潜熱の関係

Network Energy(ENet) と δNet

そこで、HSP50周年記念講演会で次の定義を発表した。

溶媒のHSPと分子体積がもとまっているとする。
δT=((Hv298 – RT)/MVol)0.5
そこでHv298  は簡単に計算できる。
沸点がわかっているなら、ENetも計算できる。
Hv298  =  85*BP + ENet
そこで、δNet= (ENet/MVol)0.5がもとまる。
δT2 Reg2 Net 2 

Lumisizer沈降時間

難しいことは判らなくても、YMB25Pro4MIの機能を使うと拡張相関係数計算機能、変数選択重回帰などを使うと、沈降時間とどんな物性値が高い相関を持つかはすぐにわかる。沈降時間はENetδNetととても高い相関がある。
δNetは正則溶媒分に加え、溶媒がネットワークを作る分の溶解度パラメータになる。
そのネットワークの強さが沈降時間の長さに寄与する。溶媒の中にハンモックがあるようなものだろうか。

δNet はどこからくるか?

それでは、このδNetはどこから来るのだろうか?
水素結合のネットワークとも考えられるが、活性水素(電気陰性度の大きい酸素などについた水素)を持たない化合物でも強いネットワークを作るものがある。そこでHSP50周年記念講演会では、それをルイスの酸/塩基の相互作用と考えると発表した。

沈降時間が長い溶媒を知りたい

分子中の官能基で最も大きなED, EAだけが効く

ここに示したような、他の部分がアルカンなら、まだ簡単だ。
分子中にエーテルとケトンがあるとか、複数の大きなED/EAを持つときにどうなるかが問題だ。でもWinner Take All 勝者総取り。アメリカの大統領選みたいなことが起る事もある。Laがつかない時は、分子のサイズで規格化されるので、平均場になってしまう。

dNetが高いものは粘度が高い

沈降時間が大きいものはδNetが大きい。そしてδNetが大きいものは粘度が高い。
しかし、RSTは沈降時間を粘度で割ってしまっているので、RSTとδNetは相関はない。
そこで、RSTをHSP探索のScoreに使ってしまうと求まる微粒子の溶解球の中心が非極性の方にずれてしまう。

SphereViewerで見てみよう

Scoreにlog 沈降速度とすると次のようになる。青い色ほど沈降速度が遅い。赤い色ほど沈降速度は早い

3軸にどのような値をアサインするかで表現が変わる。

同じように、logRSTをハンセン空間にプロットすると次のようになる。

溶媒の3D位置は変わらない

軸のアサインを変えても、溶媒のデータは変わらない。変わるのは、log 沈降速度の値とlogRSTの値で、値の大小によって青色から赤色に色付けしている。

大まかにはRSTにすると青い球は非極性の方向へシフトする。

Scoreの取り方で中心は変わる

プロットしたSphereを見ると、求まったSphereの中心がどうしてこのようにシフトしたのか明確にわかるだろう。

元々の単相関では極性化合物の方が沈降時間、RSTは長くなる

単純に沈降時間やRSTとAbrahamの塩基性や、ルイスの塩基性とプロットすると、塩基性の高いものほど沈降時間やRSTが長くなる。それなのにSphereを計算すると溶解球の中心は非極性の方へシフトするのだろう。

RSTで解析するときは注意が必要

RSTで解析する時は正則溶液のみに

HildebranのSP値は正則溶液のみに使える理論だった。
Hansenは、アルコールやカルボン酸のように水素結合する化合物にまで拡張した。
クラッシックSphere法は、水素結合するような化合物にも適用できる方法として広く受け入れられてきた。

ところが、微粒子を扱う方法としては、RSTという正則溶液にしか使ってはいけない理論を、相変わらずハンセンの方法でも使い続けている。
するとこの記事で見たように、微粒子の表面は極性が低いHSPとアサインされてしまう。

RSTで求まった微粒子のHSPで溶媒設計したけどダメだった。ポリマー中への分散を試みたがダメだった。
そんな事が起きたら、ハンモックで昼寝でもしてからδNetの導入を考えてみよう


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