初心者のためのHSP

2022.9.3改訂(2009.8.31)

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概要

”似たものは似たものを溶かす”という原理があるが、我々が”似たもの”というときは、HSPのベクトルが似ていることを意味している。

溶解度理論歴史

溶解度パラメータ(SP値)として,よく使われているのはHildebrandのSP値であろう。おおもとの研究はHildebrand と Scottによって”The Solubility of Nonelectrolytes (1964)”に発表された。

溶解度パラメーターの基本概念
Fig. 1.1 溶解度パラメーターの基本概念

溶液から分子を一つ取り出して,そこへ他の分子を戻す事を考えた時に(Fig 1.1),混合の自由エネルギーは

ΔG=ΔH-ΔTS      式(1.1)

であらわされ,これがゼロかマイナスの時に混合がおこる。
その時のΔHを

ΔH=φ1φ2V(σ1-σ2)2     式(1.2)
φ:volume ratio,σ:SP value

とした時に,初めて溶解度パラメーター(SP値)の概念が生まれた。

SP値が近いもの同士は式(1.2)に示すように括弧の中が0に近くなり、ΔHが小さく,そして式(1.1)のΔGがゼロかマイナスになりやすい。 
そこで,”似たものは似たものを溶かす”という原理が生まれた。

σ={(ΔH-RT)/V}0.5      式(1.3)
ΔH:蒸発潜熱、R:ガス定数、V:分子体積

一般的には蒸発潜熱から、式(1.3)を使ってSP値が求められ,様々なデータベース,ハンドブックにその値が記載されている。

先駆的な研究としては,このHildebrandのSP値は非常に優れている。
しかし、蒸発潜熱だけから決定されるため,自ずと限界がある。

つまり,本来,似たものは似たものを溶かすと言った場合,化学構造が似たものは,化学構造が似たものを溶かすのであって,蒸発潜熱が似たものは,蒸発潜熱が似たものを溶かすのではないからである。

Hildebrandの研究が世に出るのとほとんど同時に、それは塗料やラッカー業界に取り上げられた。
そしてユーザーとHildebrand自身も単一のパタメーターだけでは十分な能力を発揮できない事にすぐに気がついた。
Hildebrandの式に他の項を付け足した多くの異なった式が現れたが、たいした成果は無かった。
しばらくして、Hildebrandのパラメータは分散(dD)と極性項(dP)に分割された。その式でさえアルコール類が全く合わないため、この分割法も支持されなかった。

その時、Hansenが水素結合項(dH)を加え、最終的な分割法を確立した。
一旦、最初の首尾一貫したHSPのセットが発表されると、強力な予測性能が出る事がわかり、塗料業界で広く利用されるようになった。

Hildebrand SP2 = tot HSP2 = dD2 + dP2 + dH2  式(1.4)

HildebrandのSP値とHansenのSP値(HSP)には式(1.4)の関係がある。
つまりHildebrandのSP値はHSPベクトルの長さに相当する。

このHSPを使うと,溶媒はHSP空間と呼ばれる3次元空間上の点(ベクトル)として表される。 

そして,3次元空間の軸にはdD(分散項)、dP(極性項)、dH(水素結合項)の3パラメータが置かれる。

HSP空間とHSPベクトル

その3つのパラメータは、どこが似ていて、どこが似ていないかを記述するのに必要である。
さらに多くのパラメータに分割する方法もあるが、3パラメータは3次元座標で理解できるので視覚的には有利である。

HSPはHildebrandのSP値の情報を完全に抱合し、かつ、ベクトルの向きまで含めて溶解性を評価できる点でより優れた方法であると言える。

しかし、HSPはポリマーの溶解性以外の分野では利用が進んでいるとは言えない。
その理由の一つがSP値の分割法が容易ではなかったからである。

HSPはHansen先生、Abbott先生、そして筆者(山本博志)で精力的に開発が続けられ、HSPiP(Hansen Solubility Parameter in Practice)というe-Bookを含んだソフトウエアーにまとめられている。

初心者のためのHSP

ハンセン溶解度パラメータ(HSP)

ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)は、ある物質がある物質にどのくらい溶けるのかを示す溶解性の指標だ。
HildebrandのSP値と異なり、溶解性を多次元のベクトルで表し、そのベクトルが似ているもの同士は溶解性が高いと判断する。

”似たものは似たものを溶かす”、”似たものは似た所にいたがる”というのがHSPの基本となる。

このベクトルは[分散項、極性項、水素結合項]で表される。
分散項(δD)はファンデルワールスの力、
極性項(δP)はダイポール・モーメントの力、
水素結合項(δH)は水、アルコールなどが持つ力になる。
(さらに水素結合項をドナー、アクセプターに分割すると4次元になる。)

”似たものは似たものを溶かす”と言う単純な考え方で、
ポリマー、医薬品などがどんな溶剤に溶けるか?   
高分子の添加剤がどれだけポリマー中に居やすいか?   
匂い物質が鼻の嗅覚細胞にどのくらい溶けるか?   
医薬品がレセプターにどのくらい溶けるか?   
ガスクロやHPLCの充填剤にどのくらい溶解しやすいか?   
化粧品の皮膚への溶解性は?  
などを理解するのに役立っている。

しかしながら、”完全な溶解のためには、完全なHSPの一致が必要”という訳ではないことが見いだされている。 

例えば、松やにに対して溶媒をたくさん評価したとする。すると、良溶媒のものは、3次元プロットしてみると似た位置に集まってくる。
それを、ハンセンの溶解球と呼ぶ。

ハンセンの溶解球

ある溶質を溶解する溶媒と、溶解しない溶媒のハンセンの溶解度パラメータを3次元空間(ハンセン空間、HSP空間)にプロットすると、溶解する溶媒は似たところに集まっている。  

そして、その集まっている溶媒はハンセンの溶解球と呼ばれる球を構成する。

PVClを溶解する溶媒からSphereをプロットすると下のような関係になる。  
このプロットは、溶解試験を行った溶媒のHSP[δD, δP, δH]を3次元空間にプロットしたものだ。  
小さな球(溶媒)をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。

緑色の大きな球は、ハンセンの溶解球と呼ばれるものだ。  
赤い球は良溶媒と設定された溶媒で、そして青い球は貧溶媒と設定された溶媒だ。

緑色の大きな球の中心を溶質の溶解度パラメータと定める。  
球の半径を相互作用半径(R0)と呼び、半径が長いものは多くの溶媒に溶けやすく、半径の短いものは溶かす溶媒が少ない。  

相溶性の良い事を可能にする、HSPの3組のパラメータには特徴的な違いがある。  
これらは球の半径を決める。  
良溶媒は球の内側に、貧溶媒は球の外側に位置する。  
そのような球が何百もの系について既に決定されている。  
多くの場合、HSPの球の両端の外に位置する2つの溶媒では溶解しないが、混合溶媒にしたときに溶解するという予測が正しければ、この球の妥当性が確認できる。

そのような球が何百もの系について既に決定されている。 

HSPが様々にことなった物に対して割り当てられている事に驚かれるのではないかと思う。 

砂糖やバターのようにありふれた物から、アスピリンフタル酸エステル2酸化炭素のようなガスグラフェンや砂糖のような固体、そして人間の皮膚貯蔵脂肪、DNA、さらにタンパク質のような生体物質さえ、皆HSPを持っている。 

さらに、医薬品ポリマー、柔軟剤、そして実はほとんどの有機化合物、塩のような無機化合物さえリストに入っている。 

HSP距離

溶媒はHSP空間と呼ばれる3次元空間上の点ととして表される。
何故ならHSPには(D、 Pと H) 3パラメータがある。
それらは、どこが似ていて、もしくは似ていないかを記述するのに必要とされる。 

HSP distance(Ra)={4*(dD1-dD2)2 + (dP1-dP2)2 +(dH1-dH2)2 }0.5 
dDの差分の前に4という係数がつくことに注意

このHSP距離の式は溶媒が他の様々な物質(そのHSPが既知であるか推算できれば)との関係でどう振る舞うかを完全に記述する。 

HSPはお互いが近くにいたいか、そうでないかを記述する。 

何が溶かすか? とか、どれと一緒にいたいか? 
それは似たHSPをもつものだ。それはHSP距離の短いものだ。

混合溶媒のHSP

[dDm, dPm, dHm]=[(a*dD1+b*dD2), (a*dP1+b*dP2), (a*dH1+b*dH2)]/(a+b)

混合比率は体積で計算する。

多くの場合、HSPの球の両端の外に位置する2つの溶媒では溶解しないが、混合溶媒にしたときに溶解する。

この予測が正しければ、この球の妥当性が確認できる。

溶媒はどちらも緑色の球の外側にあるので単独では溶解しない。  
しかし、2つの溶媒を線で結ぶと緑色の球と交差するのが判るだろう。  
事実この混合溶媒にPMMAは溶解する。
Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

混合液は混合比率に直接依存したHSP(ベクトルの足し算)を持ち、個々の溶媒は”悪い”溶媒にも関わらず、混合のHSPは予想通り”良い”HSPになる。 

そのような相乗効果のある混合溶媒は、望ましくない溶媒の置き換え、コストの削減、性能の向上を同時に満足するように使われ、実際上とても重要だ。

いくつかの例を紹介しよう。

  • Hildebrandのブタノールとニトロエタンの溶解度パラメータはどちらも23で一緒だ。どちらの溶媒も典型的なエポキシ樹脂を溶かさない。だが、実際にエピコート1001というエポキシ樹脂は50:50の混合溶媒に溶かす事ができる。これはHSPを使うと次のように説明できる。エポキシ樹脂のHSPは[17, 8, 8]だ。ブタノールのHSPは[16, 5.7, 15.8]でHSP距離(Ra)は8.4になる。ニトロエタンのHSPは[16.0, 15.5, 4.5]でRaは8.5だ。50:50の混合溶媒のHSPは[16, 10.5, 10.3]となり、Raは3.9になる。ポリマーの溶媒と非溶媒を分ける線は一概には言えないが、一般的にはHSP距離が8ぐらいというのは妥当な推測だ。ニトロエタンとブタノールは両方ともその距離を超えてしまっているが混合溶媒は十分に内側だ。我々は,あなたがPMMAをベンゼン/ニトロメタンの混合溶媒に溶かしたいだろう、などとは思っていない。我々は単に、HSPの力を借りれば、普通ならば思いもよらない貧溶媒も含めて、さまざまな代替溶媒を思いつく事ができる、と示しているだけだ。
  • ウレアはエタノールにもブチロラクトンにも不溶だが、この2:1混合溶媒には溶ける。
  • コレステロールはヘキサンにもエタノールにも溶けないが、ヘキサンと10%エタノールの混合溶媒には容易に溶解する。ついでながら、このことはアルコールが心臓疾患を減らすのに役立っている事の一つの理由かもしれない。つまり、血管からコレステロールを溶解し去り、(”ヘキサンのような”膜の)脂質を通じて細胞中へ入ってく事を助けているのかもしれない。
  • ポリスチレン[18.6, 6, 4.5]はジエチルエーテル[14.5, 2.9, 4.6] やプロピレンカーボネート[ 20.0, 18.0,4.1 ]には溶解しないが、50:50の混合溶媒[17.3, 10.5, 4.3]には溶解する。
  • ポリメチルメタクリレートPMMA [17.7, 9.1, 7.1] はブタノール[16.0, 5.7, 15.8]にも、ジエチルスルフィド [16.8, 3.1, 2.0]にも溶けないが、50:50の混合溶媒 [16.4, 4.4, 8.8]には溶解する

HSPの決定

実験的な立証のために必要なのは、試験する十分な数の溶媒と接触させたときに、その物質が異なった振る舞いをする事だけだ。 

”良い”溶媒と”悪い”溶媒の2種類を見つけなければならない。 

”良い”という意味の定義は、膨潤程度から完全な溶解、粒子(顔料や繊維)の分散が長い物から早い沈降まで、防護用の手袋中の早い貫通から透過しない事、なんでも良い。 

これらの試験どれからでもHSPを確定するのに使える。 ひとたびHSPがわかれば、要求される性能に合致する製品を体系的に設計する事ができたり、非常に複雑な場合にも、実験結果を解釈して物事がどうしてそうなのかを見つけ出すのに役に立つ。 

予測性能

予測性能は非常に大きい。 

そして、HSPが備えている理解は、何故だかをしりたがっている人の好奇心を満足させる。 

Prof. Abbott教授と自分(ハンセン先生)がHSPiPのe-Bookのプロジェクトに着手したのは、”HSPはその能力を十分に発揮していないのではないか”、と考えたからだ。 

今や、多くの解釈を行うコンピュータのソフトや、溶媒や他の材料の膨大なデータが有用な形で蓄積されている。 

コンピュータだけで合理的な予測ができるだけの十分な情報がある。
そして何ができて、何ができないかを念頭において新規物質や未試験の物質そして混合物のHSPが推算できる。 

一方でこれらの予測は実験的に決定された値ほど信頼性は無いが、混乱していない物から混乱している物を並び替えるぐらいの役には立つ。 

どれを試験するかの選択は時間とお金の膨大な支出を減らす事ができる。もっと完全に理解したいと望む研究者のための、HSPの科学的なバックグラウンドに関する詳細はどこか他のウエッブサイトに記述されているだろう。 

しかし、一般的な項目を要約すれば、何かがどこにいたいかをHSPは語っている。 そこは、それ自身とかなり似通ったHSPの場所だ。 

これだけで、膨潤か完全な溶解か、湿るのか吸着、透過か、他の関連する現象の理解に結びつく。

Smilesの構造式

HSPiPでの分子構造の入力はSmilesの構造式を採用している。

分子の水素は書かずに重原子の元素記号だけ線形に表記する。
有機化学用のC, N, O, P, S, F, Br, Cl, Iは角括弧は省略。他の原子には[]をつける。
枝分かれは()を使う。
2重結合は=,3重結合は#で表す。
環状構造は環の結合を一つ切りその両端に1以上の同じ数字をつける。

詳しくはこちらを参照して欲しい。

以降は例題

具体的にHSPiPを使ってどのようにHSPを求め、利用するのか, 離型剤の洗浄が初心者には一番分かりやすいと思う。
混合溶媒を設計するGreen Solvent Designerはこちら。
HSPiPの使い方その3:反応の副生成物を抽出除去する溶媒を探索する。使い方が分かりづらいというユーザーにハンズ・オンで説明した。その説明の改訂版。
溶解球が2個あるとして解析を行うDouble Spheresという拡張機能がV3.1.xから搭載された。
溶解球を見る、HTML5のアプレットはこちら。
HSPiPの概要についてはこちらを読んでほしい。(2013.1.22)
機能についてはWhat Newを読んで欲しい。
自分が使いたい化合物が計算できるかは使用できる官能基のリストで確認してほしい。
HSPiPの購入方法をまとめてある。
他の会社はどんな使い方をしているのか? 特許をまとめてみた

初心者からその先へ

この2009年に記載のページは初心者としてはまず押さえておいて欲しい内容だ。
古い記載を消去したり、リンクを修正したが新しい内容は加えていない。

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