新しいHSP距離の考え方 量子ドットを例に

2024.7

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ハンセン溶解度パラメータ (HSP) Doc

注意:HSPiPに搭載の機能ではありません

例題として、HSPiPに付属しているe-Bookの量子ドットのデータを用いる。
(量子ドットについては、ビデオ・チュートリアルも作ってある。)
この量子ドットはCdTeのもので表面修飾がされている。
量子ドットの光触媒作用で、PFOS, PFOAを分解するなどの研究が行われている。そこで量子ドットが分散しやすい溶媒を探索するのは意味が大きいだろう。

2017年のHSP50周年記念公演の際に、私は、dD項の分割とdH項の分割を提案した。しかし、

HSP距離=sqrt(4*(dD1-dD2)2+(dP1-dP2)2+(dH1-dH2)2)

と言ったような、全ての系に使えるシンプルなHSP距離は作れなかった。

そこで、一般ユーザー向けではないが、MIで使う用の(GUIなど考えない)HSP距離の式をデータ駆動型で導いてしまえ、ということに取り組んだ。(今年の横浜国大の授業を最後に、大学関係からは隠遁する。そして終了後の最初の取り組みで2週間ぐらいかかった。)

2017年の時点で分かっていたことは、dDをdDvdwとdDfgに分割すると距離の式でdDの前の4というファクターが要らなくなるということだ。

新しい距離の式は=sqrt((dDvdw1-dDvdw2)2+(dDfg1-dDfg2)2+(dP1-dP2)2+(dH1-dH2)2)となる

dDvdwは分子の大きさに依存する項であるので、例えばポリマーの溶解性にはあまり必要ない。ポリマーはユニット・セルのファンデルワールスの大きさはあるが、実際の大きさは意味がないので
(dDvdw1-dDvdw2)2はなくても精度が出ることは確認した。

距離の式=sqrt((dDfg1-dDfg2)2+(dP1-dP2)2+(dH1-dH2)2)

dD関係で3種類の式が作れる。

また、dH関係に関しては、AbrahamのAcid, Baseを元にdHacid, dHbaseを定義していた。しかし距離の式への落とし込みが難しかった。

結局、HSPiPに搭載されたのは、(dHacid1-dHacid2)2 + (dHbase1 – dHbbsae2)2というEuclid Typeの距離の式だけだった。(探索がClassic Hansenのみなのでかなり変な答えを返す)

例えばカルボン酸はダイマーを作る。

カルボキシル基は、dHacidとdHbaseの両方の値を持っているので、一種の塩である。
弱酸の塩に強酸を入れると交換が起きる。

それを表現するのが、Beerbowerの式で、次の式になる。

coeff*(dHacid1 – dHacid2) * (dHbase1 – dHbase2)

溶質のdHacid2, dHbase2に対して、溶媒のdHacid1, dHbase2のどちらかが大きければ式がマイナスになり、距離が短くなる。
しかし場合によるとルートの中がマイナスになってしまう。
取り扱いが難しいので使われていなかった。

極性項という意味で、ドナー/アクセプターはdPまで含むのか、どうか。それは今後の課題であるが、今回はdP項だけは一つにした。

dH項は6タイプ検討した。
dHのみ、
dHacid, debase
dHacLa, dHbaLa(分子中で最も大きいdHacid, debaseを持つ官能基の値)
yED, yEA (YamamotoのElectron Donor, Electron Acceptor: HSP50で発表)
yEDLa, yEALa (分子中で最も大きいyED, yEAを持つ官能基の値)

Laを使うのは、例えばカルボン酸のpKaは分子のサイズにはよらずにほぼ一定になる。

そのような物性が溶解性に影響を与えるなら、dHacLaを使った式の時にパーフォマンスが高くなる。

dD3タイプ、dH6タイプ、Euclid Type、Beerbower Typeを片っ端に評価するWebアプリを作成した。MIユーザーには提供を始めた。詳しい話はPirikaNews202407を参照してほしい。

QDot.hsdxをHSPiPに読み込む。
左側のテーブルをクリップボードにコピーしエクセルなどに貼り付ける。

CAS番号とScoreを抜き出し、データ作成用のWebアプリにペーストする。

Webアプリでは新しいフォーマットを選択する。
アプリはオフィシャル値のあるものはそれを使い、無いものはYMB24Proの計算値を使い入力データを作成する。

データの作成法、距離の式の求め方を説明

書いて説明するのは難しいのでV-tubeを作った。

新データフォーマットはタブ区切りのテキスト・データなので取り扱いは容易だ。

あとはScoreのWrong In/Outを最小にする式を作成するWebアプリにデータを流し込むだけだ。

全ての組み合わせの33式でWrong In/Outを最小にするパラメータを決定した。式の一部は以下のようになる。

Euclid Type

1: sqrt(4.0*(dD1-dD2)^2+(dP1-dP2)^2+(dH1-dH2)^2)
3: sqrt( 4.0*(dD1-dD2)^2+(dP1-dP2)^2+(dHacid1-dHacid2)^2+(dHbase1-dHbase2)^2)

13: sqrt((dDvdw1-dDvdw2)^2+(dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+(dH1-dH2)^2)
14: sqrt((dDvdw1-dDvdw2)^2+(dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+(dHacid1-dHacid2)^2+(dHbase1-dHbase2)^2)
2: sqrt((dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+(dH1-dH2)^2)
5: sqrt((dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+(dHacid1-dHacid2)^2+(dHbase1-dHbase2)^2)

Beerbower Type

19: 4.0*(dD1-dD2)^2+(dP1-dP2)^2+coeff*(dHacid1-dHacid2)*(dHbase1-dHbase2)
29: (dDvdw1-dDvdw2)^2+(dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+coeff*(dHacid1-dHacid2)*(dHbase1-dHbase2)
21: (dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+coeff*(dHacid1-dHacid2)*(dHbase1-dHbase2)
23: 4.0*(dD1-dD2)^2+(dP1-dP2)^2+coeff*(Y-ED1-Y-ED2)*(Y-EA1-Y-EA2)31: (dDvdw1-dDvdw2)^2+(dDfg1-dDfg2)^2+(dP1-dP2)^2+coeff*(Y-ED1-Y-ED2)*(Y-EA1-Y-EA2)

Beerbower式は式や半径がマイナスになることがあるのでsqrtは取らない。
3次元以上が多いので、溶解球とその半径という概念は使わない。式と閾値になる。

Wrong In/Outを最小にする式は次のようになる。

Euclid Type式
14:SQRT((dDvdw-13.98)^2+ (dDfg-16.9)^2+ (dP-2.7)^2+ (dHacid-2.7)^2+ (dHbase-1.39)^2) Wrong In/Out 1

Beerbower Type式
25:(dDfg-14.6)^2+ (dP-2.2)^2+  0.0978*(yED-9.04)*(yEA-6.37) Wrong In/Out 0

量子ドットの表面は修飾されている割に、dHacid/dHbaseやyED/yEAが効果が高いあたりは興味深い。

こうしたデータ駆動型の研究は、唯一無二の理論式を作るものではない。
Wrong In/Outが小さい方が良いモデルとも言えない。
一般的なHSPiPユーザーに提供しているアプリでもない。

2025.5.9
新しく開発したSphereViewer25でこの結果を見てみよう。

3次元のハンセン空間には3つの軸しか設定できない。dHを二つに分割すると残ったもう一つの軸に何をおくかなど、色々な表現方法が考えられる。

Classicなハンセン空間

実際にはViewerで確かめて欲しい。Choiceで3軸をdD, dP, dH 、dH分割なしの表現になる。
球をクリックすると溶媒名が表示される。

新しい表現方法

[dD, A, B], [dP, A, B], [dD, dP, A*B]と3軸に何を置くか変えてみよう。
そして、dHをどう分割するか決める。

良溶媒とアサインした青い球と、貧溶媒とアサインした赤い球。
それが一番良好に分離されるにはどんな軸を選ぶのか良いか試せる。

基本的には疎水的表面

CdTeナノ粒子自体はルイスの酸点、塩基点を持っていると考えた方が良い。その表面を修飾することによって、疎水的な溶媒によく分散するようになっている。
ところが、ルイス酸性(EA), ルイス塩基性(ED)の片方だけが大きいものは分散性が良いという結果が出ている。これは修飾しきれていない表面があると考えた方が合理的だろう。
PFOSやPFOAを光触媒作用で分解させる。
この触媒サイトは修飾されていない部分であろう。
非極性溶媒にナノ粒子が綺麗に分散されている。光を遮るような粒子はない。
入ってきた光が有効に触媒サイトに辿り着き、例えばPFOSを分解する。
粒子設計には無くてはならない解析技術だろう。

この系に特化して何が起きているのかを考察するために行う。
MIst用の特別なツールである。


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