2026.5.25
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溶解度パラメータの現在・過去・未来 > 水のSP値の問題
[0. ストーリー]
溶解度パラメータは、何かが何かを溶かす、その度合いを示す指標だ。ところが不思議なことに、水がどんなものをどのくらい溶かすのかという問題には全く無力だ。不思議と思っているのは私だけなのだろうか? あまり突っ込まれたことはない。YMBの水への溶解度の推算精度はとても高いと誉められることはある。溶解度パラメータにおける水の取り扱いを解説しておく。ストーリーとして理解しておかないと未来のSP値に辿り着けない本質がそこにある。
[1. 水の溶解度パラメータ]
- Hildebrandの1次元SP値
Hildebrandの溶解度パラメータの定義 1964年
σ={(ΔHv-RT)/V}0.5 = (CED)0.5
φ:体積分率、σ:SP 値 ΔHv:蒸発潜熱 V:分子体積 、R:ガス定数 CED:凝集エネルギー密度
蒸発潜熱は分子を一つ取り出すエネルギー。できた空隙に他の分子を戻す。この溶解熱は一般に小さいので無視する(図1左)。単位空間を作り出すエネルギーのルートがHildebrandのSP値になる。この定義に基けば水のSP値は次のようになる。
σ={(44000-8.31*298)/18}0.5 =48.1となる。これは金属を除く物質の中で最大となる。 これも不思議に思って欲しいところだ。通常の化合物は分子が大きくなると蒸発潜熱が大きくなる。その割に分子体積は大きくならない。ルートをとるので顕著では無いが分子が大きくなるとSP値は大きくなる。水は逆に、大きな蒸発潜熱の割に分子体積18と極端に小さいことによってSP値は大きくなる。そこで溶媒と呼ばれるような液体の中で別傾向の溶媒となる。フッ素系の溶媒は蒸発潜熱が小さい。比重は高いが分子体積は小さめでトータルでSP値が小さい。シリコーン系では蒸発潜熱が小さめで、分子体積が大きいのでトータルでSP値が小さい。 - ハンセンの3次元溶解度パラメータ(HSP)
HansenはSP値を分散項、分極項、水素結合項[δD, δP, δH]の3次元に分割した。
Hildebran SP2 = tot HSP2= δD2 + δP2 + δH2 の関係がある。HSPの各成分をベクトルとみなせば、HildebrandのSP値はベクトルの長さになる。ベクトルの大きさが蒸発潜熱である以上、水のHSPも他の液体溶媒と比べ異常値をとる。
[δD, δP, δH]=[15.5, 16.0, 42.3] (HCode=696)が公式の値となる。水の異常値をδHに押し込んだ形になる。HSPを使った研究者は大勢いる。しかしHSPには水のHSPが複数存在していることを知らない研究者は多い。
[δD, δP, δH]=[15.1, 20.4, 16.5] Water 1% Soluble In – Ro=18.1 HCode=859
[δD, δP, δH]=[18.1, 17.1, 16.9] Water Complete Misc. (R=13.0) HCode=527
ポリマーの溶解性では、ほとんどのポリマーは水に溶けない。その時には水のHSP(HCode=696)がハンセン空間中でどれだけ離れていても貧溶媒(Score 0)は溶解球の外に配置されているので問題ない。しかし、低分子の水への溶解度の場合には困る。水と有機物のHSP距離はとても長くHSPの類似度で溶解性を評価できない。HCode=859は水との混合溶媒を考えるときによく使う。例えばエタノール/水=95/5の混合HSPを計算するときだ。
水が貧溶媒(Score=0)ではなく良溶媒(Score=1)となる場合にはHCode=527を使う。 - 次世代のHSP2
pirika.com社CEOの山本博志は次世代のHSP2を開発している。ルイスの酸塩基をベースにした水素結合項の分割もPirikaProに実装した。GutmannのDN(ドナー数), AN(アクセプター数)[*1]とHSP理論の融合を図った。水のDN(18), AN(54.8)はδH(42.3)とは異なり溶媒群の中で異端児ではない。しかしDNは中和熱、ANはNMRのケミカルシフト値である。DN(ルイスの塩基性), AN(ルイスの酸性)の大小関係を議論することすらできない。ましてや蒸発潜熱との関係性は全く知られていない。山本の決めた水の[yHAcid, yHBase]は[23.8, 18.5]となる[*2]。HSPiPでの[38.9, 16.6]とは大きく異なる。さらに山本が決めた水のElectron Donor/Acceptor[yED, yEA]は[11.6, 14.9]になる。この分割には正則溶液理論の拡張[*3]が必要になる。さらに山本は分散項(δD)をδDVDW, δDfgに分割した[*4]。水などの小さな分子で異常な結果が出た場合にはこの分割が有効になる。
[2. 解析例]
PETを溶媒に浸漬した時の収縮開始温度T1は高分子試料の溶解度パ ラメー タに近づ くほど低下する(図2[a])という論文(*a)や膨潤性とSP値の関係(図2[b])に関する論文がある[*b]。接着性の評価[*5]で利用したのでデータはそちらを参照して欲しい。接着性の評価ではScoreを0,1で扱った。ここではScoreは実数で扱う。ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)でScore に実数を使う場合、値が大きいほど良溶媒に設定する。収縮開始温度の場合、温度が低く収縮を開始する時のほうが良溶媒になる。そこで温度を変換する必要がある。HSPiPには値が小さいほど良溶媒に設定するオプションがある。しかし、良溶媒と貧溶媒を入れ替える方法は研究者自身が考えるべきである。
[2.1 PETの溶媒による収縮開始温度]
- Hildebrand の1次元SP値
すべてのポリマーが溶媒中で収縮するわけではない。PETのようにブロー成形や延伸をかけたポリマーには縮もうとする内部応力がある。図2[a]の縦軸と横軸を入れ替える。また、横軸は150/収縮開始温度(T1)に変更する。図3に150/T1とHildebrand SP値の関係を示す。エチレングリコール、プロピレングリコール、ホルムアミドと水の極性溶媒は異常値である。それ以外はオレンジの線で示すように、150/T1が大きくなるにつれ、少しHildebrandのSP値が大きくなる。論文中では水のSP値は蒸発潜熱に基づくとても大きな値が使われている。Hildebrandの理論からは外れるがHcode=527の水から計算されるtot HSP(=sqrt(δD2+δP2+δH2))を採用すると極性溶媒4つはかなり似た領域にくる。 - ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)
HSPを使ってScoreが実数の場合の解析を行う。求めたいのは溶質のHSP [δDp, δPp, δHp]である。溶媒のHSPは[δDs, δPs, δHs]で既知であるとする。HSPの基本として、溶質のHSPと溶媒のHSPが近ければ溶解・膨潤しやすいと言える。そこで2つのベクトルの類似度をHSP距離として定義する。
HSP Distance = √ 4*(δDp-[δDs)2 + ( δPp- δPs)2 + (δHp-δHs)2)
分散項の前に4という係数がつく。詳しいことは「分散項(δD)のδDVDW, δDfgへの分割」[*4]で解説する。水素結合を分割すると3次元以上になり3次元プロットは有効でなくなる。しかしHSP距離が長ければ溶解しにくい。短ければ溶解しやすいという傾向は次元数に関わらず成立するものとする。Scoreが実数の場合の解析は、図4に示すように[δDp, δPp, δHp]が幾つの時にHSP Distance と溶解性の指標100/T1に1番高い相関が得られるのかを探索する。図5で[a]は水のHSPを#696の値 [b]は水のHSPを#527の値を使っている。[δDp, δPp, δHp]は[a]の時は[19.0, 10.7, 7.4]となった。[b]の時には[20.8, 13.5, 9.6]となった。探索方法は遺伝的アルゴリズム法(GA法)[*6]を用いている。図5[b]で説明する。3次元空間中に乱数で作成した遺伝子を多数ばら撒く。この場合は100/T1が大きい溶媒のHSP付近に欲しい答えがあるはずだ。その周辺には重点的にばら撒く。各遺伝子のHSP[δDg, δPg, δHg]と溶媒とのHSP距離を計算し、HSP距離と100/T1の相関係数を計算する。各遺伝子の相関係数が求まるので、その相関係数の大きさをルーレットのポケットの大きさにする。相関係数が大きいものは選ばれやすくなる。選ばれたものにある確率で交叉と突然変異を与え世代交代を繰り返す。適者生存の法則で最良の溶質のHSP[δDp, δPp, δHp]が求まる。図5[b]ではエチレングリコール、プロピレングリコール、ホルムアミドと水の異常性は認められない。HSP距離が短いほど150/T1が大きくなる。収縮開始温度(T1)は小さくなる。HSPiPには水素結合項をδHD(プロトンドナー), δHA(プロトンアクセプター)に分割する機能が搭載されている。これを使った実数解析はプログラムの中には入っているが現在(2026.06.01)は有効にはなっていないようだ。これを使って計算すると図6になる。水、多官能アルコールで大きくずれてしまう。旧法のδHD(プロトンドナー), δHA(プロトンアクセプター)を使って3次元HSPを4次元HSPにしても良いことはほとんどない。 - 次世代のHSP2
pirikaの山本は、新たな水素結合の分割式[yHAcid, yHBase]とElectron Donor/Acceptor分割式を開発してPirika Proに実装した[*2]。(HSPiPに搭載しようとしたが、Abbott先生がルイスの酸塩基はいらないと却下された。)[yHAcid, yHBase]は蒸発潜熱依存のパラメータなので水のデータはHCode527を使う。yED, yEAは蒸発潜熱依存ではない。結果は図7に示すようにエチレングリコール、プロピレングリコール、ホルムアミドと水の異常性は認められない。
[2. 2 PETの膨潤性]
- Hildebrand の1次元SP値
図8に log Qpet(膨潤性)とHildebrand SP値の関係を示す。元の論文では図2[b]に示すように高極性溶媒とそれ以外で2つの傾向があるという。しかし山本のプロットでは図8に示すように、1次元のSP値と膨潤性には相関が無いというのが正しいだろう。高極性溶媒ではSP値がほぼ同じであっても膨潤度は劇的に異なる。 - ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)
図9に膨潤度と[a]3D-HSPの関係、[b]4D-古いdHD, dHAの関係を示す。2.1で説明したように溶質のHSP [δDp, δPp, δHp]と溶媒とのHSP距離と膨潤度との相関が1番高くなるように溶質のHSPを求める。図9[a]に水素結合項を分割しない3D-HSPを使った結果を示す。見かけ上[b]の水素結合をHSPiPに搭載の[dHD, dHA]に分解したものより高い相関が得られる。結果の解釈は注意が必要だ。求まった3D-HSPは [δDp, δPp, δHp]=[23.6, 3.8, 16.1]となる。有機溶媒でδDsが21を超えるものはほぼない。従ってHSP距離がゼロになるような溶媒は存在しないことになってしまう。図9[a]のような、傾きが寝ているような関係は好ましくない。傾きと相関係数両者を総合的に評価して判断するようにはなっていない。未来への課題だ。図9[b]の [δDp, δPp, δHD, δHA]=[18.8, 7.1, 6.9, 12.1]は傾きは悪くないが、エチレングリコール、プロピレングリコールが大きく外れ相関係数はとても悪くなる。 - 次世代のHSP2
図10に[a] pirika法の新しい酸塩基分割[yHAcid, yHbase]で分割した場合、[b] pirika法のElectron Donor/Acceptor分割で評価した結果を示す。傾きは悪くない。相関係数的にはあまり良くない。山本のこれまでの経験では、このケースでは溶媒群は2種類に分ける必要がある。PETの異なる領域を膨潤させているのかもしれない。Double SphereはScore 0,1の定性的な解析のみに使える。Scoreが実数の場合のDouble Sphere法対応は未来の課題だ。山本は「分散項(δD)のδDVDW, δDfgへの分割」[*4]を実装している。これは分散項を分子の大きさに依存するδDVDW項と、官能基による δDfg項への分割になる。ポリマーの分散項(δD)を考える場合に、分子の大きさに依存するδDVDW項の意味が問題になる。[X]C[X]も[X]CC[X]も同じポリエチレンを表している。しかしユニットセルはCCとCで倍違う。ポリマーの分子の大きさに依存するδDVDW項はどう取るのが正しいのか明確な答えはない。2017年のHSP50周年記念講演会で、山本はポリマーの溶解性を考えるときには δDfg項のみで評価する方がδDを使うよりも誤認識が少ないことを発表した。(δDVDWP – δDVDWS)2でポリマーのδDVDWP の意味が溶媒のものとは余りに異なることが問題になる。図11に 次世代HSP2 距離の式(5)の結果を示す。
距離の式(5) = √ (δDfgp-[δDfgs)2 + ( δPp- δPs)2 + (yHAcidP-yHAcidS)2 + (yHBaseP-yHABaseS)2)
δDの前の4.0という係数は無くなる。
[3. 図表]











[4. 参照論文]
*a: 繊維機械学会誌 vol28, No. 10 p65- 1975
*b: 繊維機械学会誌 vol27, No. 10 p71- 1974
[5. Pirika.com内のリンク]
*1: GutmannのDN(ドナー数), AN(アクセプター数)
*2: pirika(山本)の水素結合項の分割。
*3: 正則溶液理論 ドナー数/アクセプター数による拡張
*4: 分散項(δD)のδDVDW, δDfgへの分割
*5: 接着性の評価
*6: 遺伝的アルゴリズム法(GA法)
*7: HSP50記念講演会 dD分割
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